
医者のキャリア形成として、転職や留学の他に、もうひとつ開業という選択肢があります。一定の年齢になると、そろそろ開業するという流れは現在もよくあると思います。しかしながら安易に開業の流れに乗るのは危険です。開業は医師の仕事の延長線上にあるものではなく、転職でもなく、起業です。特に診療所開業の場合、大きな借入金を行い、かなりのリスクを伴って行うことになります。
私は開業するか、転職の方が良いかと聞かれた場合は、転職の方がリスクが低く、先生の願いを叶えられる可能性が高いとお話しています。今回は、開業か転職か?というテーマで考えていきます。
開業か転職かで迷ったら、私は転職をお勧めします
まず結論から申し上げると、開業か転職かで迷われたら、私は転職をおすすめします。転職の方がはるかにリスクが低く、戦略を練れば得られるリターンも大きいです。転職で失敗しても、また再転職すればすむ話です。勤務医で失敗して、借金を背負うことは通常ありません。雇われ院長(管理医師)の案件は避けて、医師賠償責任保険に加入していれば、勤務医が仕事を理由に借金を背負うことは考えにくいです。
それに対して、開業医は開業するために多額のお金がかかります。診療所を開設するには、どんなに少なく見積もっても、運転資金を含めて1千万はかかります。通常は数千万円の初期投資を行うのが普通で、土地建物を用意する場合は、億単位のお金が動くことも少なくありません。通常自己資金で開業資金を用意することは難しいので、多くの先生は借金を背負って開業することになります。また昨今の円安、インフレで、建設費も高騰しており、内装費用はさらにお金がかかるようになりました。
開業するほとんどの先生は、多額の借金を背負って、つまりかなりのリスクを背負って「起業」することになります。失敗した場合多額の借金を背負って撤退する可能性もあるのです。勤務医に戻って借金を返済することになるならば、最初から開業などせずに、勤務医を続けていた方がよっぽど幸せだと思います。
うまく行かなかった人の例は出てこない
成功バイアスという言葉があります。先生もご存知のように、成功者の例はいくらでも出てきますが、失敗した例はあまり出てきません。成功例は出てくる時点でかなりバイアスがかかっていると考えられます。特に最近はSNS全盛の時代ですから、いわゆるウハウハクリニックの成功した先生も散見されますが、実際にはごく一部です。むしろ経営に苦しんでいる開業医の先生も少なくないでしょう。クリニック経営に苦しんでいる経営者が自ら情報をアップするとは考えにくいため、目に触れるところへ出て来ないだけです。
開業医と聞くと、一般的には金銭的に恵まれ、成功者というイメージをお持ちの方は、医者の中でも珍しくありません。しかし実情はそうでもありません。勤務医の方がよっぽどよかったという先生や、開業を撤退して勤務医に戻らざるを得ない先生もいらっしゃいます。実際はかなり厳しい世界です。
開業医は、給与が保証されない非常勤医師のようなもの?
当サイトでは、非常勤の勤務形態をご紹介していますが、非常勤のデメリットもいくつか上げています。デメリットの中で、非常勤医師は身体を壊して働けなくなったら収入が途絶えてしまうというリスクを挙げています。常勤医師のように傷病手当や、病気休暇が取れない雇用形態だからです。
開業医も当然こちらのリスクを抱えることになります。もし身体を壊して働けなくなったら、文字通りそこで終わってしまいます。
しかも悪いことに開業医は、非常勤医師と違って働けば給与がもらえるわけではありません。経営に行き詰まれば健康であっても生活に困窮してしまいます。逆に給与をもらうどころかスタッフに給与を払う立場ですから、患者さんが思うように集まらなくても人件費も固定費も払わなくてはなりません。さらに多額の借金を抱えて、毎月利子とともに返済するわけですから、この苦しみは想像を絶します。
もちろん成功すれば、勤務医よりも経済的に成功する可能性もありますが、失敗する可能性もあり、どんなに事前に対策を練ったとしても、ある意味賭けになると言えるでしょう。
開業医はリスクを抱えた公務員?
ある先生によると開業医は「リスクを抱えた公務員」と表現していました。保険診療は国によって価格やルールが厳格に決められています。我々は保険医であり、保険診療を行う以上、療養担当規則に則った診療しか提供できません。国のルールの範囲内でしか動けないにも関わらず、開業には借金という大きなリスクを背負います。しかも失敗した場合も、国は一切守ってくれず、全て自己責任になります。果たしてリスクを背負う価値はあるのか、非常に難しい問題です。
転職がいいケース、開業がいいケース
これまでは開業よりも転職の方がオススメという内容でしたが、ここで開業がいいケース、転職の方が良いケースを考えてみます。
開業より転職の方がいいケース
・QOLを優先したい
QOLを優先したい先生は、開業よりも転職の方が絶対によいです。開業医は診療時間以外の業務が多く、資金繰りや事務仕事などで、気が休まる暇がありません。勤務医で、業務負担が少なく、オンオフがはっきりしている職場を選んだほうが確実にQOLは向上します。QOLのために開業は絶対にしない方が良いです。むしろQOLが爆下がりする行為が独立開業になります。
・ダウンシフトして働きたい
上記と似ていますが、ダウンシフトしたい場合も転職の方が確実に良いです。開業ではダウンシフトどころか、今よりもフルスロットルで馬車馬のように働き続けなければならなくなります。オススメは非常勤で週3日ほどに抑えつつ、優良な非常勤求人をチョイスすることです。(参考記事→自分の時間を取り戻す転職プラン)高単価な求人を選んだ場合、これでも年収は1500万円ほどに維持することが可能ですが、開業医で年収は1500万円に相当する手取りを確保しようとすると、実際はかなり大変です。特に地盤がない新規開業で、週3日ではまず無理です。週5日働いても、開業後しばらくは難しいと思います。
・年収を上げたい
年収を上げたい場合も、転職の方が再現性が高く、低リスクで実現できる可能性が高いです。年収2000万円以上も、保険診療のみでも戦略を練れば十分可能です。また勤務地を選ばなければ、年収2500万円ほどでも実現可能です。求人が巡ってくるタイミングもありますが、不可能ではありません。(参考記事→攻めの転職)
しかし逆に勤務医で2500万円以上の年収を確保することは、一般的な方法では難しいです。美容外科医で、ものすごい技術をもっている等でないと、正直それ以上は難しいです。
たとえば年収1億円を目指したい場合、構造上勤務医では実現が困難です。その場合は起業するしかありません。しかしここまで来ると、医師というより起業家、経営者の才能が必要になります。成功した開業医の先生でも、億超えは困難です。複数の分院を展開して成功する、自由診療の領域で成功するなど、再現性が低い方法になるかと思います。少なくとも一般的なものではないです。
年収を上げたい場合も2000万円ほどで満足ができるのであれば、転職の方が絶対に安全です。それ以上を狙って賭けに出る場合、最悪全てを失うどころか、多額の借金を背負ってしまうことになりかねません。
開業の方がいいかもしれないケース
・地盤があり、成功がほぼ確定している
開業の方が成功できる可能性が高いケースとしては、ご実家が開業医ですでに成功、安定しているクリニックを引き継ぐケースです。これは初期投資もかからず、すでに患者さんも定着しているので、よっぽどのことが無い限り成功できる可能性が高いです。もちろん既存のスタッフやローカルルールがある分、先生が好きなように出来ない側面もあるかもしれないですが、それでも地盤があるのは大きいです。最悪撤退しても、借金も残らず、無傷で勤務医に戻る事もできます。これはかなり恵まれたケースだと思います。
・経営がやりたい、かつ明確な勝算がある
現在も新規開業して大成功する、若手の先生がいるのは事実です。経営が得意な先生、明確にこれをやれば勝てるという勝算がある先生は、リスクを取ってでも開業する価値はあると思います。そのようなイノベーターの先生は、勤務医に留まるのはもったいないかもしれません。そのような先生は、誰がなんと言おうと、周りが止めようと気にせず突っ走って、成功する人です。医療が斜陽産業だろうが、保険診療が厳しくなろうが、そんなものはねのけて成功する先生はたしかに存在しますので、どうかご自身の信念に従って、我が道を突き進み、業界をリードして風穴を開けて欲しいと思います。しかしそのような先生はこんな記事を読まないと思いますが(笑)。
開業は当たれば大きいが、当たらなければ借金漬けになる
たしかに開業医で成功すれば、勤務医よりも遥かにお金を得られる可能性があります。ビジネスオーナーは、経費が使えるので個人の収入以上に自由に使えるお金は増えます。また経営者となり先生ご自身がトップとなりますから、なんでも好きなように決められる権限も持てるでしょう。社会的にも成功した経営者にはそれなりの待遇が用意されています。あり得ない年会費の金属のクレジットカードを持って、クジラのような高級車に乗って、百貨店では別室に案内されて、飛行機の搭乗手続きを待つことが無くなるかもしれません。
しかし、多額の借金をして開業したものの、結果的に経営に失敗した場合は、逆にとんでもないことになります。それは転職で失敗するようなレベルの騒ぎではありません。クリニック経営に失敗して撤退した場合、借金のみが残ることになります。残りの人生借金を返済して一生を終える可能性もあります。文字通り人生が崩壊する恐れがあり、致命的なダメージを負うリスクがあります。それが借金、お金の怖さです。
【結論】基本的に、開業よりも転職の方が安全で給与もQOLも向上できる可能性が高い
私は現在の日本の医療の状況、今後の見通しでは、キャリア形成としては、開業よりも転職を勧めます。それは転職を扱っているサイトだからではなく、私の本心です。正直現状では開業はリスクが大きすぎます。どんなに優秀な先生が十分な戦略を練ったとしても、それでも賭けにならざると得ない部分は残ります。そして失敗したときには致命的なダメージを負うリスクがあります。リスクとリターンが釣り合っていないと考えるからです。
しかし当然ですが、すでに開業しておられる先生を否定するような意図では無いことを改めて申し添えます。私はこのサイト、この記事をご覧の先生には、医師として成功して、幸せな人生を送って頂きたいと願っています。間違っても借金を背負って苦しむような人生になって欲しくないわけです。そのような気持ちで書いているため、開業については注意喚起というか、ややネガティブに思われる記事になってしまったかもしれません。その点については申し訳ないです。
開業する場合は低リスクで
それでももし開業をしたいという先生は、最初は最小限の設備や装備で開業することをおすすめします。いわゆるミニマム形態での開業です。小さいビル診療の診療所であれば、初期投資も最小限で済みます。 『200万円からはじめるクリニック開業』のような本もあり、今はリスクを抑えたミニマム開業がトレンドです。さすがに200万円では難しくても1000万円程度に抑えられれば、最悪失敗しても数年で取り返せます。これなら人生を棒に振ることはありません。うまく行けば拡大することはあとからいくらでも可能です。間違っても周囲に乗せられて、数億円の借金を背負い、勝算が無いままに、重装開業に突き進むのだけは避けて頂きたいと思います。