
医師は難関資格の一つとされ、社会的地位が高い職業です。なぜ社会的地位が高いかといえば、人の命を預かるからという理由もあると思いますが、それだけでは無いと思います。人の命を預かる職業は他にも多数あります。バスのドライバーも、スカイダイビングのインストラクターも、消防士も命を預かる仕事です。医師が他の職業と違うところは何でしょうか?
私は個人的には、医師の社会的地位は、給与の高さと、希少性により保証されてきたものであると思います。今回は医師の社会的地位が高いのは何故かというテーマで考えてみようと思います。
医師の給与について
まず給与の側面で考えてみます。医師は一般的に給与が高い職業とされています。事実とはかけ離れていますが、医師というだけでお金持ちというイメージはいまだに根強いです。もちろん上場企業の役員や、成功したビジネスオーナーとは比較にもなりませんが、中堅の臨床医であれば、年収1500万円前後というのは、標準的だと思います。他にも給与が高い職業はあるものの、医師になりさえすれば、再現性が高く、ある意味誰でもこのレベルの給与が得られ、しかも定年まで安定的に得られる可能性が高く、転職しても再現性が高い、という職業は医師くらいです。一流企業のサラリーマンや国家公務員になっても、そこを辞めて転職した場合、元の給与水準は維持できるとは限りません。これらの特性は医師のメリットです。
しかしもし、医師の給与水準が大きく下がることがあったらどうでしょう。たとえば平均的なサラリーマンの年収にまで医師の平均給与が下がった場合はどうでしょうか。おそらく医師を特別な職業としてみる社会的な空気は一変するでしょう。ありふれた職業のひとつとして認識されると思います。医学部の偏差値も急降下するでしょう。それに伴い医師の社会的な地位もそれなりのものになると予想されます。
希少性について
医師の社会的な地位を支えるもう一つの側面は、希少性であると思います。珍しいものは大事にされるということです。かつては医師の絶対数が少なく、人口比でも医師の数は今よりずっと少ないものでした。しかしその後、医学部定員が増加し、確実に日本の医師免許保持者は増加しています。その一方で、日本は人口減少が進んでいますから、日本人口に対する医師の比率は増えています。またこれからも増加の一途が予想されます。
医師が珍しい職業ではなく、比較的ありふれたものであれば、希少性はなくなります。レアな職業でなければ、たとえ医師免許取得がやや難しいものであっても、少なくとも無条件で尊敬されるものではなくなると思われます。
今後は上記のように、人口比に対して、医師数は確実に増えるため、医師のレア度は減少し、それに伴い社会的な地位も下がることが予想されます。
上記は連動して、医師の社会的地位を削ぐ
給与の高さと、希少性は連動するものです。以前は医師がレアな職業であるため、給与も高く設定されていたと思われます。今後医師数が増え続け、医師がレアな職業でなくなれば、それに連動して給与も下がることが予想されます。事実、昨今の物価高と増税により、相対的に医師の収入は確実に減少しています。また実際に時給が10000円を切るような、タイパの悪い求人も珍しくなくなりました。希少性がなくなり、給与も下がれば、医師の社会的な地位はどんどん削がれていくことが予想されます。
必要性
ところで、数が少なく、難易度が高いからといって、給与が高いとは限りません。レアな職業でも給与が高くない職業はあります。医師がなぜ給与が高いかというと、希少性に加えて社会的必要性があるためだと思います。
しかしこちらについても、人工知能が急速な発展を遂げる今、かつてほど医師が必要な場面は減ってくると予想されます。すでに診断能力では、人間に迫る勢いです。外来に受診する患者さんのなかには、事前にChatGPTに相談して、ほぼ診断を当ててしまう方もいらっしゃいます。(これには本当に驚きました。)これはホワイトカラー全体に当てはまると思いますが、頭脳労働はかつてほど、希少性、必要性はなくなると予想されます。
今後の見通し
先生もすでに実感されていると思いますが、医師の社会的な地位は一昔前に比べると確実に下がってきています。少なくとも無条件に尊敬され、憧れられる職業ではなくなりました。そしてこれからも下がり続け、ついには普通の職業のひとつという認識になるのではないかと思います。
特に保険診療の医師は、警察官、自衛官、消防士などの他のエッセンシャルワーカーと同様に、「社会的に必要で、命を預かる重要な職業だけれども、特別なものではない」というレベルにまでなるのではと思います。そもそも保険診療のルールに基づいて診療を行う以上、公務員と本質は似ています。少し話はズレますが、開業医の先生は、「保証なき公務員」と表現されることもあるほどです。
年上の先生は実感があるかもしれませんが、以前は学校の先生も、社会的地位は今よりだいぶ高かったそうです。学校の先生が言うことは無条件に正しいという時代もあったそうです。しかし今はどうでしょうか?少なくとも、一般的な職業であり、長時間労働や時間外労働が多い、大変な職業という印象ではないでしょうか。
対策
社会的な大きな流れに対して、できる対策は限られると思います。正直、医師の社会的地位の低下は、長期的には避けられず、医師が恵まれていた時代はすでに終わりつつあります。
それでも明日から急に状況が変わるわけではありません。今後十年以上かけて徐々に社会が変容していくものと思います。我々にできることといえば、今のうちに利確することでしょうか。社会の空気を変えることはできませんが、少なくとも金銭面では、まだ比較的マシな間に対策をとることはできます。早い段階で先生の労働力を金融資産に変えておき、いずれくる過酷な世界に備えることくらいしか、対策が思いつかない状況です。
現時点でも転職すれば簡単に収入アップが期待できる時代は終わりつつあります。医師転職も対策を取らなければ、収入がダウンすることもあります。先生には適切な戦略を立てて、転職に成功し、いま残された状況を十分に享受していただければと思います。