
本稿では、常勤として働くうえで想定されるリスクに対し、実務的な「対策」を整理します。常勤は依然として安定的な働き方のひとつですが、環境が厳しさを増す中で、従来ほどの盤石さは期待しにくくなっています。極端なケースとしての突然の失業することは稀だとしても、待遇の漸減、昇給停滞、福利厚生の縮小といった変化はすでに現場で起きている事実です。放置すれば生活水準の維持が難しくなる局面もあり得ます。だからこそ、平時から選択肢を確保し、必要時にすぐ動ける備えを持つ——今回はそのための現実的な手順を考えていきます。
転職市場のチェック ― いつでも動ける準備を
最も手軽で、かつ確実に効果のある対策は、転職の予定がなくても「市場を見ておく」ことです。これはすべての先生に共通して有効な対策だと思います。今は安定している常勤勤務でも、将来的に待遇が下がったり、勤務環境が変化したりする可能性は否定できません。実際、これまでと同じ条件が継続される保証はどこにもなく、現実には少しずつ不利な方向へ進んでいるケースも増えています。
だからこそ、「いざというときに動ける準備」を持っておくことが重要です。転職市場を定期的にチェックしておけば、必要になったときにすぐカードを切れる状態を維持できます。たとえ実際に転職するつもりがなくても、「自分には他の選択肢がある」と認識していること自体が、大きな精神的余裕につながります。
逆に、選択肢を全く持たないまま日々を過ごしていると、環境が変化したときに初めてリスクを実感し、焦って行動せざるを得なくなってしまうこともあります。いま安定している先生ほど、「いつでも移れる準備」を意識的に整えておくことが、これからの時代には欠かせないと思います。
転職市場のチェックは良いことしかない
転職の予定がなくても、転職市場を把握しておくことには多くの利点があります。まず、現在の職場環境や待遇を客観的に位置づけられるという点です。先生が今勤務されている地域や診療科で、同条件下の平均的な給与や勤務形態を知るだけで、自身の待遇が相場と比べてどの水準にあるのかが明確になります。もし現在の環境が相場よりも恵まれているとわかれば、その職場にとどまることの意義が再確認できるでしょう。逆に、年収が平均より数百万円低いなど、条件面で見劣りするようであれば、転職が現実的な選択肢として浮上してきます。
もちろん、実際に転職するとなればリスクも伴います。待遇が改善されるケースがある一方で、人間関係や業務環境が合わず、結果的にQOLが下がってしまうこともあります。ただし、「実際に転職する」のではなく「転職活動をして情報を得る」ことにとどまるものであれば、失うものはありません。市場をリサーチして情報を得る行為そのものにリスクはなく、むしろ自身の立ち位置を把握する良い機会になります。見たうえで「今の職場の方が良い」と判断すれば現状維持で構いませんし、「もう少し良い環境がありそうだ」と感じたなら、次の一歩を考える余地が生まれます。いわば後出しジャンケンのように、先生に有利に事を運ぶことが可能です。
重要なのは、行動するかどうかを決める前に、まず情報を持つことです。実際に動く・動かないは自由であり、選択肢を広げるだけでも安心感が生まれます。転職市場を眺めることは、現状を守るための“受け身の戦略”であると同時に、将来に備えるための“攻めの準備”でもあるのです。
フットワークを軽くしていく
今、常勤として働いている先生でも、これまでに転職の経験がある方であれば、何か状況が変わったときに比較的スムーズに動けると思います。少し心配なのは、これまで一度も自らの意思で転職をしたことがない先生方です。医局の人事異動での転職経験はあっても、自分で情報を集め、応募し、交渉して転職を決めたという経験がない場合、いざというときにその一歩を踏み出すことが難しくなりがちです。
実際、転職というのは思っている以上にストレスがかかるものです。今の職場が安定していて、特に不満がなければ無理に動く必要はありませんが、問題は「本当に動かざるを得ない状況」になったときです。フットワークが重いと、転職の適期を逃してしまったり、待遇が悪化しても現状から抜け出せなくなったりするリスクがあります。その結果、能力や経験が十分にあるにもかかわらず、労働力を安く買い叩かれてしまうような状況に陥る可能性も否定できません。
上述のように、いざ動かなければならないときに備えて、常日頃から“動ける準備”をしておくことが重要です。転職経験を積むというよりも、「いつでも選択肢を取れる状態を保っておく」こと。これが、常勤という安定的な立場を守りながらも、時代の変化に対応できる柔軟性を維持する最大のポイントだと思います。
攻めの対策 ― 週4日常勤+週1日非常勤というハイブリッド型
やや“攻め”の姿勢で考えるなら、週5日勤務の常勤を週4日に調整し、残り1日を非常勤として組み合わせるというハイブリッド型の働き方が有力な選択肢になります。常勤としての安定性を維持しながら、非常勤の高い報酬単価を取り入れることで、リスク分散と収入効率の両立を図る方法です。これは単なる収入アップ策というよりも、「働き方の柔軟性を確保する戦略」としても非常に理にかなっています。(参考記事→ハイブリッド勤務の考察(週4常勤+週1非常勤))
常勤先での地位や待遇に特に不満がない先生でも、非常勤を1つ掛け合わせることで、経済的な余力が生まれるだけでなく、環境の変化に備える“可動域”を広げることができます。常勤一本に依存しないというだけで、精神的な余裕も生まれますし、将来的に転職や独立を検討する際にも実務的なつながりが活きてくるでしょう。
もちろん、勤務先の就業規則の問題で週4日勤務が難しい場合もあります。また長年勤めている場合は、退職金の絡みもあるので、経済的なメリット・デメリットは冷静に見極める必要があります.しかし条件を整えれば交渉の余地は十分あると思います。
社会保険は常勤先で維持し一定の安定性を確保しつつ、非常勤では単価の高い案件を選ぶことで、それぞれの利点を最大化できます。リスクとして考えられるのは、週一の非常勤を安定して確保できるかどうかという点ですが、近年は医師の勤務形態が多様化しており、条件に合う非常勤先を見つけること自体は以前よりも容易になっています。
いわばこの働き方は、「守りながら攻める」戦略です。常勤という基盤を活かしつつ、非常勤を組み合わせることで、収入・経験・自由度のいずれもバランス良く高められる。変化の時代を見据えた、現実的かつ賢明な選択肢といえるでしょう。
守りの対策 ― 少なくともスポットアルバイトの経験をしておく
「いきなり週4+週1のハイブリッド勤務はハードルが高い」と感じる先生も多いと思います。そうした場合でも、まずはスポットアルバイトを経験しておくことを強くおすすめします。たとえば、半日の健診バイトや、普段の診療科での外来アルバイト、あるいは自由診療のクリニック勤務など、内容は何でも構いません。できるだけ気軽に、そしてできれば定期的に取り組んでみるのが理想です。
有給休暇を利用して行えば、先生の普段の休みに支障をきたすことはありません(もちろん、公務員の先生や就業規則上の制約がある場合は別ですが)。有給を活用すれば、実質的に「給与の二重取り」が可能になるケースもありますし、経済的にも、経験値の面でもプラスになります。
多くの先生が最初に感じるのは、「どうやって始めたらいいかわからない」という心理的ハードルです。健診のアルバイトでも特殊健診と聞くと、身構えてしまう先生もいますが、実際にやってみれば意外と何とかなります。初めの一歩さえ踏み出せば、すぐに慣れていくものです。たとえば月に1回でもスポット勤務を入れれば、1年で12の現場を経験できる計算になります。その積み重ねが、確実に自信と柔軟性を育ててくれますし、転職への抵抗感も大きく減るはずです。
こうして複数の現場を経験すると、ご自身の職場を相対化して見る目が養われます。「うちの職場のこういうところは恵まれているな」と感じる一方で、「この点は改善の余地がある」と気づくこともあるでしょう。そうした視点を得るだけでも、日常のモチベーションや職場への向き合い方が変わってきます。最初は難しく思えても、経験を重ねることで、先ほど述べた非常勤とのハイブリッドスタイルに自然と近づくこともあります。
つまり、スポット勤務は“収入を補う手段”であると同時に、“視野を広げる訓練”でもあるのです。まだ経験のない先生は、まずは軽い気持ちで挑戦してみてください。間違いなく、得られるものは多いはずです。
常勤でもお金の対策をしておく
少し現実的で、そして少し寂しい話になりますが――最終的に仕事で本当に困るのは、やはり「お金の問題」だと思います。このサイトを読んでくださっている先生の中には、「お金の話ばかりする医者だな」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。私自身、できればこうした話題はあまり強調したくないのですが、実際問題として、転職や勤務環境の変化などで一度つまずくと、最も深刻に響いてくるのが生活資金や家計の問題なのです。仕事が順調で、収入が安定しているうちは特に気にならないかもしれません。しかし、たったひとつの変数――たとえば勤務先の経営方針や体調、家族の事情などが変わるだけで、急に収入が滞り、生活が不安定になることは現実として起こり得ます。特にご家族を養っている先生であれば、その影響は切実なものになるでしょう。
これまでは、非常勤の先生の方が安定性に欠ける分、積極的にお金の対策を取るべきという話をしてきました。しかし、今後は常勤の先生も例外ではありません。かつての常勤勤務は、退職時にある程度まとまった退職金を受け取り、退職後も関連施設や外来で負荷を減らして働き続けることができる――そんな「終身的安定モデル」が成立していました。また、家賃補助や手厚い福利厚生などもあり、「お金に困ることはない」という前提で人生設計が成り立っていたと思います。
ところが、いまはその前提が崩れつつあります。医療業界全体の収益構造が厳しくなり、退職金や福利厚生の削減が進み、将来の見通しが立てにくい状況になっています。そもそも日本全体が低成長と少子高齢化に直面し、限られた財源をどう配分するかという“パイの取り合い”の時代に突入している。医療もその例外ではなく、もはや「斜陽産業」と言っても過言ではない状況です。今までのように「医者=経済的に恵まれた職業」という構図は、ゆるやかに、しかし確実に変わっていくでしょう。気づいたときには、「責任が重い割に給与が低い仕事」として社会から見られるようになっている可能性すらあります。
こうした中で、お金の問題を“他人事”にせず、自分のこととして備えておく姿勢が不可欠です。具体的な方法は人それぞれですが、貯蓄や投資、副収入の確保など、何らかの形でリスクヘッジを取るべき時代に入っています。実際、若い世代の先生の中には、早い段階で自由診療や自費クリニックなど、高収益な分野へシフトする動きも見られますし、中堅の先生でも、専門を活かして単価の高い職場へ移るケースが増えています。これは単なる“金銭欲”ではなく、時代の変化に対する防衛反応でもあります。
つまり、常勤という安定的な立場にいるからこそ、「お金の準備」は今のうちに始めておくべきです。備えを持つことで、初めて本当の意味で安心して働き続けられる。安定とは、与えられるものではなく、自ら作り出すものになりつつある厳しい時代なのだと思います。