雇う立場としての非常勤

非常勤の医師というのは、給与面だけ見れば常勤よりも有利なケースが少なくありません。週五日で常勤を続けるよりも、単価の高い非常勤をいくつか組み合わせた方が結果的に年収が多くなることは珍しくないと思います。極端な例を挙げれば、条件の良い非常勤を週三日行うのと、標準的な週五日の常勤勤務とで収入がほとんど変わらない、ということも実際にあります。では、なぜ医療機関がそれだけ高い報酬を支払ってまで非常勤医師を雇うのか。今回はその「雇う側の立場」から非常勤の位置づけについて考えてみたいと思います。

非常勤に少し高い報酬を払っても、合理的な理由がある

医師の転職市場を見ていると、非常勤の方が給与条件が良く見えるケースが多くあります。もちろん、非常勤には社会保険がなかったり、安定性が低いといったデメリットもありますが、それでも報酬が高めに設定されているのには理由があります。医療機関側からすれば、常勤医師には給与以外にも多くのコストがかかります。

まず社会保険料ですが、これは給与明細で本人が天引きされている額と同じ金額を病院側も負担しています。つまり、見た目の給与以上の支出が発生しているわけです。さらに退職金の積み立ても必要で、将来的な支払いに備えて資金を確保しておかなければなりません。この二つを合わせると、常勤医師にかかる実質的なコストは額面よりもかなり高くなるのが実情です。非常勤の給与が高く見えるのは、こうした社会保険料や退職金分を上乗せしているようなもので、トータルで見れば常勤と大きく変わらないケースがほとんどです。むしろ手続きや管理の負担が軽い分、非常勤の方が扱いやすいという側面もあります。

常勤医師を雇うことには“リスク”がある

もう一つ大きいのは、雇用リスクの違いです。常勤医師というのは法律上の労働者として非常に強く保護されており、医療機関の都合で解雇することはほぼ不可能です。勤務態度や人間関係の問題があっても、本人が自ら退職しない限り契約を終了させるのは極めて難しい。経営の立場から見れば、これは相当なリスクです。もちろん、人を簡単に辞めさせられないという仕組みは当然必要ですが、現実的には「合わなかった」と感じても動かしづらいのが現場の実情です。経営的に見れば、これは大きな固定リスクになります。

非常勤は契約期間を区切れるため、柔軟に対応できる

その点、非常勤は契約期間を区切って働いてもらう形ですので、契約満了時に更新しないという判断をすればそれで完結します。半年契約や一年契約が多く、双方の合意があれば続けられるし、合わなければ終了できる。この距離感の取りやすさが非常勤の大きな利点です。経営側としても「必要なときに必要な分だけお願いできる」というのは非常に大きなメリットです。常勤を抱えることは固定費も責任も重くなりますので、その意味でも非常勤の柔軟さはありがたい存在だと思います。

非常勤の方が、結果的に“合理的な選択”となることも多い

こうして考えてみると、非常勤医師に少し高めの報酬を支払っても、医療機関にとってはむしろ合理的であることが分かります。金銭の実質的な負担は常勤とそれほど変わらず、契約の柔軟性がある。経営の安定やリスク管理の観点から見ても、非常勤を中心に体制を組む方がうまくいくことも少なくありません。実際、近年では常勤を最小限にして、非常勤を組み合わせて運営している医療機関も増えています。固定費を抑えつつ、必要な診療体制を確保するという点で、非常勤医師の活用は理にかなった戦略だと思います。

無期転換ルールは“存在するが、実務上は機能していない”

法律上は「同じ職場で五年以上働くと無期雇用に転換できる」というルールがありますが、実際にこの制度を理解している医師はほぼ皆無です。そのため制度を主張してトラブルになるようなケースもほとんどありません。一部の医療機関ではこちらのルール適用を防ぐために、「四年半で契約を終了させる」といった運用をしていると聞きますが、一応そのような運用は禁止されているものの、実際には黙認されているのが実情でしょう。無期転換ルールは、制度としては存在していても、医師の現場では、実務上はほとんど機能していないというのが正直なところだと思います。

まとめ:非常勤はリスクと柔軟性のバランスで成り立っている

非常勤医師の給与が高く見えるのは、常勤にかかる社会保険料や退職金、そして雇用リスクを考えれば、むしろ合理的な水準に落ち着いているからです。医療機関にとってはリスクが低く柔軟に動かせる人材であり、一方で医師にとっても自由度の高い働き方である。お互いの立場から見ても、非常勤という仕組みは現代の医療現場にうまくフィットしていると言えるでしょう。