転職後悔──医師が転職で失敗しやすいパターンと回避策

医師にとって転職は大きな決断です。ところが実際に働き始めてから「しまった」「こんなはずではなかった」と感じてしまう先生は少なくありません。

私自身、色々な先生方の転職を見てきて、後悔にはある程度決まったパターンがあると感じています。本記事ではその代表例と、どうすれば避けられるかについて考えてみたいと思います。

転職で後悔しやすい典型パターン

  1. 勤務条件が契約内容と異なる
  2. 人間関係がうまくいかない
  3. 診療内容・業務内容が想定とずれている

1. 勤務条件が契約内容と異なる

最も多い後悔が「契約書に記載された条件と実際が違った」というケースです。
特に常勤医では、オンコール・時間外呼び出し・待機手当などが契約どおりに運用されないことが少なくありません。というより無視されることが普通です。特に常勤では雇用契約などあってないようなもので、完全にブラックな職場も珍しくないというのが現代の状況です。

回避策

  • 契約書を必ず確認する
    口頭ではなく「契約書に明記されているか」を確認すること。曖昧な表現は必ず質問する。
    実務上は雇用契約書に記載されていても無視されることが多いですが、契約書に明記されていることは、病院側が守らなかった場合、第三者がみれば病院側に非があることが分かります。証拠としても有効なので、絶対になくさないように注意してください。
  • 面接時に具体的に聞く
    「オンコールは月何回か」「呼び出しがあった場合の手当はどうなるか」など、聞きにくいことも含めて質問を準備してください。むしろ面接は聞きにくいことを積極的に聞きべきです。このような質問を嫌がられるようなら、、、そういうことなので、避けたほうがよいでしょう。
  • 内部情報が得る
    後述しますが、実際に働くことになった場合、おなじような立場の先生と、面談させてもらうことは最も有効な方法です。
  • 非常勤は契約順守度が高い
    非常勤については、常勤と比べると、時間管理が明確なため、労働環境を整えたい場合は非常勤の方がよい場合もあります。

2. 人間関係がうまくいかない

転職の大きなリスクが人間関係です。直属の上司や同僚と相性が合わないと、どんなに条件が良くてもストレスは避けられません。私は転職でもっとも難しく、博打にならざるを得ない部分は、人間関係のリスクだと考えています。

特に直属の上司や指導医と馬が合わない、上手く行かない場合は、最悪の労働環境になってしまいます。これだけは避けたいところです。

しかし人間関係については、全てうまくいくというのは、やはり難しいと思います。現在の看護師さんと合わない人がいたり、事務方と折り合いがうまく行かないなど、多少などこでもあります。それについてはある程度飲み込むしかない部分もあると思いますが、極力人間関係のストレスは減らしたいものです。

回避策

  • 職場見学を行う
    これについても入職後に、働くことになる先生とは、面接前に面談の機会を設けさせてもらうことで、かなりの確率で回避できると思います。

3. 診療内容・業務内容が想定とずれている

「循環器を中心に診たいと思っていたのに、実際は一般内科がほとんどだった」など、想定と実際の業務内容がずれることもあります。これは先生によってはかなりのストレスになると思います。

回避策

  • 現場医師に直接聞く
    これも重複してしまいますが、やはり現場の医師に話を聞くほかないとおもいます。逆に現場の医師と話をすれば、全然思っている仕事と違った、となる可能性は限りなく下げられます

病院見学の重要性

見学は「面倒な手間」ではなく、最大のリスク回避策です。
特に常勤で転職する場合は、病院見学は必須だと考えます。
先生方が「忙しくて時間がない」と感じるのも十分わかりますが、それでも有給を取ってでも一度は行く価値があります。

なぜなら、面接後に軽く見学するだけでは「せっかく受かったから」と断りづらくなり、冷静に判断できなくなるからです。フラットに判断するためには、面接前に「見学させてほしい」「同じ立場の先生と話をしたい」と依頼することが大切です。まともな病院なら断られることはほとんどありません。

病院側にとっても、採用後に短期間で辞められる方がよほど困ります。医師1人の採用にはコストも手間もかかり、数ヶ月で辞められると大きな損失となるからです。もちろん先生にとっても、短期離職は履歴書の見栄えを悪くするため、お互いのために見学をしておくことが望ましいのです。

見学は一見遠回りに思えるかもしれません。確かに1日潰れることもありますが、転職後に「これは違った」となる可能性を大きく下げられます。ゼロにはできませんが、リスクをかなり減らせるため、この投資は惜しまないほうがよいでしょう。

また、遠方への転職を考える場合も同様です。例えば北海道から東京へ転職するとなると、いちいち複数の病院を見に行くのは大変です。それでも何も見ずに決めるのはリスクが高いので、エージェントに依頼して1日で2〜3施設を回れるように調整してもらう方法があります。

さらに思い切るなら、一度引っ越してスポットアルバイトをしながら2〜3ヶ月かけて常勤先を探すという手段もあります。特に都市部であればスポットアルバイトの求人は豊富なので、生活に困ることはほとんどありません。

病院見学に行って「違う」と感じた場合の意味

病院見学に行って、「これは違うな」と思うことはよくあります。求人票では良さそうに見えても、実際に現場を見たら「これはない」と感じることがあるのです。1つならまだしも、2つ3つ続くと気持ち的に落ち込むこともあるでしょう。

しかし大切なのは、転職してから気づくよりも、見学の段階で気づけた方が圧倒的に良いということです。転職後に「これはない」となった時の後悔は非常に大きく、「見学しておけば避けられたのに」と悔やむケースが少なくありません。逆に、見学の段階で気づけたのなら「転職前に不適切な職場を避けられた、ラッキー」と捉えるべきです。面接後であっても断ることは十分可能で、転職前であれば取り返しはつきます。

「違う」と思った経験は無駄にならない

「有給を潰してまで行ったのに無駄だった」と感じるかもしれませんが、実際には違います。
現場を見て「違う」と感じる経験自体が、次の転職に活きてきます。求人票と現場とのギャップを体感することで、「この求人の書き方なら実際はこうだろう」と推測できるようになり、求人を見る目=審美眼が磨かれていきます。結果として、後の転職活動の精度を高める学びになるのです。

医師と直接話せる貴重な機会

見学では、現場の医師と話をすることが非常に重要です。たとえ「ここは違う」と思う病院であっても、医師同士の会話から得られる情報は多いものです。

  • 「この病院はこういう特徴がある」
  • 「この部分はあまり良くない」
  • 「自分が転職した時はこうした」

こうした情報は、転職経験のある医師だからこそ話してくれるものです。
実は、利害関係のない医師と転職の話をする機会はとても少なく、現職の同僚とは話しづらいテーマでもあります。だからこそ、**病院見学は“タダで得られる貴重な情報交換の場”**でもあるのです。

私自身も見学に来た先生と話した経験がありますが、悪い気はしませんでした。むしろ、納得したうえで入ってくれる方が職場としてもありがたい。症例数の偏りや会議の多さなど、デメリットも含めて率直に伝えた方が、後で「こんなはずではなかった」となるリスクが減り、お互いにとってプラスだからです。

病院側も「正直に伝えた方が助かる」

採用担当者(事務方)はどうしても良い面だけを強調しがちですが、現場の医師にとっては「無理に入ってもらって後で働かない方が困る」というのが本音です。だからこそ、多くの場合、現場の医師からはフラットで正直な話が聞けます。

つまり病院見学は、

  • その病院が合うかどうかの確認
  • 転職活動全体の学び
  • 医師同士の率直な情報交換

この3つを一度に得られる、非常に価値の高い機会だといえるでしょう。

転職後悔を減らすためにできること

転職で後悔するパターンはいくつか決まっています。
人が関わる以上、どれだけ対策をしても100%防ぎきれるわけではありません。

しかし、取れる対策は確実に存在します
多くの医師は、あまり準備をせず「賭け」のように転職してしまうのが現実です。忙しい臨床と併行しての転職ですので、やむを得ない場合も多いと思います。けれども、今回述べてきたように、事前に職場を確認するなどの対策を取るだけで、勝率を大きく上げることができます

もちろん転職はある意味ギャンブルです。ですが、情報を集め、現場を見て、事前に確認するだけで「博打の精度」を高めることは可能です。

特に、条件が大きく変わる転職や、できれば定年まで勤めたいと考えるような重要な転職では、1度病院を見に行き、職場を確認するという手間は惜しまないでほしいと思います。

それでもうまくいかないことはある

どれだけ事前に対策をしても、転職がうまくいかないことはあります。その場合は「しょうがない」と割り切り、再転職すれば良いと考えるのが現実的です。

確かに短期間で転職を繰り返すと履歴書の印象は良くないかもしれません。ですが、見学もして、現場の話も聞いて、それでも入職後に状況が変わってしまうケースはあるのです。

例えば、見学時に対応してくれた医師が入職のタイミングで異動や退職になり、体制が一気に変わってしまうことがあります。また、私自身の経験ですが、しばらく問題なく勤務できていたのに、一斉に医師が辞めてしまい、患者数や業務が倍以上に膨れ上がったこともありました。これは事前に予測するのは不可能です。

転職には「運」の要素もある

人間関係や院内の体制変化など、どうしても事前に確認できない部分はあります。つまり転職は、どれだけ備えても最後は「賭け」の要素を含むのです。

それでも、一度失敗してもまた挑戦すればよいと思います。確率的に、何度も失敗が続くことはそう多くはありません。サイコロで「6」が何度も続けて出ることは珍しいのと同じです。ですから、1度や2度うまくいかなくても落ち込む必要はありません。

求人の「流れ」が悪い時期も確かにあります。そういう時は無理をせず、非常勤勤務でつなぐという方法も現実的です。そして、うまくいかなかった経験や、その中で工夫したことが、後になって役立つケースも少なくありません。「あの時行かなくてよかった」と思える場面が訪れることもあります。

メンタルを守ることが最優先

転職で一番避けたいのは、メンタルを壊してしまうことです。
そもそも転職を考える背景には、過労や精神的疲労がある場合も多いものです。そうした状態で転職がうまくいかないと、さらに落ち込み、うつ病に近い状態になり、復職が難しくなる先生もいます。

ただし医師には、医師免許と健康があれば食べるのに困らないという強力なセーフティネットがあります。これは他の職業にはなかなかない安心材料です。

だからこそ、過度に悲観する必要はありません。あくまで「できる対策をとり、ベストな職場を探し続ける」という姿勢でいれば良いと思います。