
非常勤という働き方には、一定の自由度や効率性など、有利な側面が少なくありません。しかし一方で、当然ながらデメリットも存在します。前回はメリットの部分に焦点を当てて整理しましたが、今回はその対になるテーマとして、非常勤の持つ不利な点について考えてみたいと思います。これまでにも常勤と非常勤を比較する形でいくつか考察を行ってきましたが、今回は改めて筆を取り、今の時点で私が特に実感している部分に焦点を絞ってまとめてみました。網羅性というよりは実感に基づく整理を意識していますので、詳細を知りたい方は、以前の記事もあわせてご参照いただければ幸いです。
非常勤戦略の経緯
そもそも「非常勤戦略」という考え方は、私自身が転職を経験し、また転職についていろいろと勉強する中で見えてきたものです。実際に転職をするまでは、非常勤勤務というのは単なる一時的な働き方であり、そこに戦略性があるとはまったく思っていませんでした。けれども、自分で転職を進め、医師の転職市場という世界を深く見るうちに、「あれ?」と感じる瞬間があったのです。
それは、一般的な保険診療の現場で働こうとした場合、中堅の先生(おおむね10年目前後)以上になると、週5日勤務が基本で、地域にもよりますが年収1,500万円前後が相場かなという印象を持ったことがきっかけでした。一方で、非常勤の日給という観点から見ると、条件の良いところでは10万円程度、一般的な保険診療であれば8万円前後が多いと感じていました。ここでふと計算してみたのです。年間を52週とし、祝日などを差し引いても実質50週とすれば、日給8万円×50週=週1勤務で年収400万円。これを週5日相当で換算すると、年収2,000万円になります。つまり、非常勤で組み合わせて働くと、常勤よりも年収が500万円ほど高くなる計算になる。――この数字の違いに最初に違和感を覚えたのが、出発点でした。
そこから、実際に相場を調べたり、働き方の違いを整理したりしていく中で、非常勤を単なる補助的な勤務ではなく、「組み合わせることで最適解を目指す戦略」として捉える考え方が浮かび上がってきました。調べを進めるうちに、非常勤には確かにメリットもデメリットもあり、それぞれをどう活かすかで働き方の方向性がまったく変わってくる――その構造がようやく見えてきたのです。これが、私の中で「非常勤戦略」という発想が生まれた経緯になります。
非常勤にもデメリットは多い
私はこれまで、非常勤という働き方を比較的前向きに捉え、実際にお勧めすることも多くありました。ただし当然ながら、非常勤にはメリットと同時にデメリットも存在します。冷静に見れば、その数も決して少なくありません。個人的には、そうしたデメリットを理解したうえであっても、なお非常勤の方が自分には合っていると感じています。自分の価値観や生活スタイルを考えると、自由度の高さや柔軟さといった要素の方に魅力を感じるからです。したがって、私は非常勤を組み合わせる「掛け合わせ型」の働き方を推すことが多いのですが、それが多くの先生にとって適しているとは思っておりません。
非常勤というのは、あくまで医師の働き方の中でも“傍流”にあたる選択肢であり、主流ではありません。いわば特殊解のようなもので、必ずしも誰にでも当てはまる方法ではないのです。だからこそ、今回は非常勤勤務におけるデメリットに焦点を当てて、整理してみたいと思います。先にお話しした「メリット編」や、雇う側の立場から考えた記事とあわせてお読みいただくことで、より立体的に全体像を捉えられるのではないかと思います。そのうえで、非常勤と常勤のどちらがご自身にとってより良い選択なのかを、改めて考えるきっかけにしていただければ幸いです。
社会保険料の問題
非常勤勤務を選ぶ際にまず意識しておきたいのが、社会保険料の取り扱いです。常勤の場合は、勤務先が健康保険と厚生年金の手続きをすべて代行してくれるため、特に意識せずとも社会保険に加入し、保険料も給与天引きで処理されます。そのため、日々の中で負担を実感することはほとんどありません。
一方で、非常勤として働く場合は事情が異なります。基本的には自分で国民健康保険と国民年金に加入し、納付手続きを行わなければなりません。手続き自体は決して複雑ではありませんが、複数の非常勤先を掛け持ちして収入が上がると、国民健康保険料は上限額に達してしまうケースが多くなります。年間の負担額が大きくなるため、心理的にも「結構重いな」と感じる場面が出てくるはずです。
常勤の場合は保険料が自動的に給与から差し引かれるため、その負担を意識することが少ないのですが、自分で支払うようになると、実際の支出が目に見える形で家計に反映されます。そのため、同じ金額を支払っていても、体感としての「負担感」は非常勤の方が明確に強くなる傾向があります。
この問題を回避する方法として、いわゆる「マイクロ法人戦略」があります。個人で小規模な法人を設立し、役員報酬として給与を受け取ることで、社会保険を法人経由で整えるという手法です。理屈としては確かに有効で、表面的な保険料負担を抑える効果もあります。ただし、法人の設立・維持にはコストや手間がかかり、会計処理や税務対応などの負担も無視できません。思考実験上は有効な側面もあるものの、総合的に見ると、実際には割に合わないケースが圧倒的に多いと感じています。したがって、私はこの方法をおすすめすることはありません。(参考記事→勤務医のマイクロ法人について)
雇い止めの問題
非常勤という働き方において、最も大きなデメリットの一つが「雇い止め」、つまり仕事を突然失ってしまうリスクです。常勤勤務の場合、労働契約が期間の定めのない形で結ばれており、労働者としての権利も手厚く保護されています。そのため、よほどの事情がない限り、職を失うことはまずありません。
一方で、非常勤勤務は基本的に有期契約です。契約期間が終了するタイミングで、勤務先から「次の更新はありません」と告げられれば、その時点で仕事は終了します。これは契約上どうすることもできない部分であり、非常勤という働き方に本質的に内在するリスクです。
もちろん、勤務態度や実績が良ければ継続して声をかけてもらえることも多いのですが、経営状況の変化や人員再配置など、本人の努力ではどうにもならない理由で契約が切れることもあります。その意味で、非常勤勤務には「いつ仕事がなくなってもおかしくない」という前提を受け入れる覚悟が求められます。
したがって、このリスクを少しでも軽減するためには、勤務先を一つに依存しすぎないことが重要です。複数の勤務先を持つ、あるいは別の業務分野に小さく足場を作っておくなど、分散によって収入の安定を図ることが、現実的なリスクヘッジになります。雇い止めは非常勤医師にとって最も身近で、かつ回避の難しい課題の一つですが、その可能性を前提に働き方を設計しておくことが、結果的に安心して仕事を続けるための最善の対策になると思います。
体を壊したら、そこで終わり
この点はあまり語られることがありませんが、非常勤勤務における最も深刻なリスクの一つです。――それは、体を壊してしまった瞬間に、収入が完全に途絶えてしまうという現実です。非常勤という働き方は、言葉を選ばずに言えば「労働の対価をその都度受け取る日雇い型」に近い構造です。勤務した分だけ報酬を得るという極めてシンプルな仕組みである反面、働けなくなった時点で経済的な支えが途切れます。そこに補償はなく、代替手段もありません。(参考記事→非常勤医師は極論すると「日雇い労働者」)
つまり、非常勤という形態では「体を壊したら終わり」という厳しい前提を常に抱えていることになります。これは決して誇張ではなく、制度上も構造的にもそうなっているのが現実です。したがって、非常勤で働く以上、心身の健康管理を最優先に考える必要があります。特に、診療の現場では知らず知らずのうちに疲労やストレスが蓄積していくことが多く、自覚症状のないまま限界を迎えることもあります。
もちろん、これは医師である先生に言うまでもないことです。私たちは日々、患者さんに対して健康維持の重要性を説いていますし、医学的なリスクを理解している立場でもあります。ただ、非常勤という働き方では「自分が倒れたら誰も代わりはいない」という現実が、常勤以上に直接的に跳ね返ってくる。その意味で、自分自身の体を守ることは、医療者としてだけでなく、一人の生活者としても最優先に置くべきことだと、改めて強調しておきたいと思います。
何にも保証がない世界
常勤勤務の場合、働けなくなればもちろん大きな負担ではありますが、制度的な保障が一定程度整っています。傷病手当金が支給される期間が設けられており、おおむね1年半ほどは所得の一部を補填してもらうことが可能です。その間に体調を立て直す時間が得られ、いきなり収入がゼロになるような事態はまずありません。
また、所属する医療機関との関係が良好であれば、事情に応じて業務内容を調整してもらえることもあります。たとえば、以前のような急性期病院のハードな現場では勤務が難しくなったとしても、同じ法人内の介護老人保健施設(老健)や健診センターなど、比較的負荷の軽い部署に配置転換してもらえるケースがあります。場合によっては、外来中心や管理業務中心のポジションに移ることで、体調に合わせて無理なく勤務を続けることも可能です。少なくとも、病気をしたからといって即座に退職を迫られるようなことはほとんどなく、常勤という形はその点で大きな安心感をもたらします。所属という社会的な基盤があり、制度的にも心理的にも守られている状態と言えるでしょう。
一方で、非常勤勤務にはこうした保証がありません。病気をすれば、その瞬間に収入が途絶えます。勤務できなければ報酬は発生せず、契約も自動的に終了します。制度的な支援はなく、誰かが助けてくれるわけでもありません。非常勤というのは、良くも悪くも“自己完結型”の働き方であり、自分の労働力がそのまま収入に直結しています。つまり、働けなくなった時点で、経済的な基盤が一瞬で消えるという現実を常に意識しておかなければなりません。
こうした話をすると、少し冷たく聞こえるかもしれません。しかし、非常勤という形で働く以上、「自分を守るのは自分しかいない」という事実を最初から理解しておくことが必要です。誰も助けてくれない世界――それを悲観ではなく、現実として受け止め、だからこそ自分の健康や生活基盤をどう支えていくかを日常の中で意識していく。その姿勢が、非常勤で長く安定して働くための唯一の防御策になるのだと思います。
あまりにこちらが目立つと規制される可能性がある
今後の流れとして、もし非常勤という働き方があまりにも有利に見えるようになり、非常勤医師が急増して診療体制に影響を与えたり、メディアで叩かれるようになれば、いずれ何らかの形で規制が入る可能性は否定できません。医療業界に限らず、どの分野でも特定の働き方が突出して増えると、社会全体のバランスを保つために一定の制限が設けられることがあります。その意味で、非常勤という形態が今後どのような位置づけになっていくのかは、まだ見通せない部分があると感じています。
ただ、私個人の見解としては、非常勤勤務がどんどん増えて問題になる可能性はかなり低いと思っています。というのも、医師という職業は本質的に非常に保守的な文化を持っているからです。医師の多くは、学生時代から「王道」とされる道を選び、真面目に積み重ねてきた結果として医学部に進み、その後も主流のルートを歩んできた方々です。そうした気質を持つ人が大多数を占める職業集団である以上、あえて傍流に位置する非常勤という働き方を積極的に選ぶ人が急増するとは考えにくいのです。
確かに、自由診療など、従来の保険診療とは異なる領域にシフトする医師は以前に比べて増えています。とはいえ、それが医師全体からみればごく一部であり、大勢への影響は極わずかです。いわゆる”直美”は、メディアの煽りによる部分が大きいでしょう。
ですから、非常勤という新しい選択肢が一定の存在感を持つようになったとしても、医師の世界全体としては、今後も常勤体制が圧倒的な主流であり続けるでしょう。非常勤という働き方はあくまで「もうひとつの選択肢」であって、社会全体を左右するような潮流になることはない――私はそのように見ています。
今後の問題 常勤の方が有利になるかもしれないし、非常勤の方がいいかもしれない。
今後の状況については、正直なところまったく予測がつきません。これは規制の有無といった制度的な問題というよりも、社会情勢そのものに大きく左右される領域だからです。医療制度の変化や経済環境、労働市場の動きによって、常勤と非常勤のどちらが有利になるかは簡単には判断できません。
たとえば、今後医療機関の経営がより厳しくなり、安定した雇用関係を維持するための政策的な支援が厚くなれば、結果として常勤で長く働いている方が有利、という時代が再び訪れる可能性もあります。一方で、働き方の多様化がさらに進み、柔軟な勤務形態や副業がより一般化していけば、リスクを取りながらも自由に働く非常勤の方が結果的に得をする、という未来も考えられます。
つまり、どちらが最終的に有利かは、誰にもわからないというのが正直なところです。私自身、現時点でさまざまな動きを見ていても、情勢はあまりに複雑で、どちらか一方に明確な優位性を見いだすことはできません。常勤にも非常勤にも、それぞれに強みと脆さがあり、時代の流れによってその価値が揺れ動く。結局のところ、私たちはその変化の中で、自分がどの立場でどんなリスクを取るのかを、個人の価値観に照らして決めていくしかないのだと思います。
結局は、好みの問題
最終的には、常勤か非常勤かという選択は「どちらが正しいか」ではなく、先生ご自身の価値観や好みによって決まるものだと思います。常勤勤務の方が安定しており、組織の一員として腰を据えて働くことに安心感を覚える先生もいれば、非常勤の方が自分の裁量で動けて気楽だと感じる先生もいます。それぞれの立場に、それぞれの納得の形があるのだと思います。
たとえば、安定を第一に考えたい先生にとって、非常勤という環境はやや不安定で、長期的な安心を得にくいと感じるかもしれません。一方で、ある程度自由度を持って働きたい先生にとっては、常勤のように勤務時間や業務範囲が固定される方が、むしろストレスになる場合もあるでしょう。
結局のところ、常勤にも非常勤にも、それぞれにリスクとベネフィットがあります。どちらが良い・悪いという話ではなく、自分がどんな環境で、どんな働き方をしたときに心地よく力を発揮できるか――その一点に尽きると思います。
そのうえで、現実的なリスクや制度上の違いを理解しながら、先生ご自身が納得して選べる方を選ぶ。それが、最終的にはいちばん後悔のない選択になるのではないかと、私は思います。
どちらかと言えば、非常勤はフットワークが軽いので生き残りやすいかもしれない
どちらかと言えば、常勤で働けるにもかかわらず、敢えて非常勤という働き方を選ぶ先生はかなり少数派です。医師という職業全体の中では、いわゆるメインストリームではなく、傍流に身を置くことをいとわない、ややチャレンジ精神の強いタイプの方が多い印象です。ご本人が自覚していなくても、実際にはどこかに“チャレンジャー”としての要素を持っている先生が多いように思います。
そうした先生方は総じてフットワークが軽く、環境の変化に応じて柔軟に動ける傾向があります。たとえば、非常勤から常勤へ切り替える必要が生じたときも、比較的ためらいなく移行できますし、医師の仕事そのものが不安定になった場合でも、他分野の仕事や新しい形態の働き方にスムーズにシフトしていける人が多い。そういう意味では、非常勤で働く先生の方が、変化の時代にはむしろ“生き残りやすい”側面があるとも言えます。
もちろん、その分だけリスクを厭わない傾向もあり、常勤の先生に比べて、環境の変化による失敗や損失のリスクを抱えやすいのも事実です。どちらが良い悪いではなく、これはもう性格や気質、そして人生観による部分が大きいと思います。安定を優先するか、自由を優先するか――答えは人それぞれです。
かつては医師の働き方といえば「常勤一択」という時代が長く続いてきましたが、今は少しずつ状況が変わりつつあります。非常勤という形も、きちんと設計すれば一つの立派な選択肢になり得ます。もしそれが先生ご自身の価値観や生き方に合っていると感じるなら、その方向へ進むのも良い選択だと思います。働き方の形に正解はなく、自分が納得できるかどうか――それこそが一番大切な基準なのではないでしょうか。