
非常勤勤務という働き方については、これまでにもさまざまな角度から考えてきました。前回は「雇う側の立場から見た非常勤」というテーマで、経営的な観点からそのメリットを整理しましたが、今回は少し視点を変えて、「雇われる側」、つまり我々医師の立場から非常勤勤務の意味を改めて考えてみたいと思います。
医師が非常勤を選ぶ理由は、必ずしも家庭や個人的な事情だけではありません。かつては、子育てや介護などで常勤勤務が難しい場合に、やむを得ず非常勤を選択するというケースが主流でした。しかし近年では、安定性の面での不利を理解したうえで、非常勤の持つ自由度や柔軟性に魅力を感じ、自ら積極的に選ぶ先生も少しずつ増えてきています。
常勤勤務には、組織に深く関わる責任と引き換えに一定の安定や待遇が得られる一方で、時間的・心理的な拘束がどうしても大きくなります。それに対して非常勤は、勤務の範囲が明確で、自分の専門領域に集中しやすく、ある意味では「制約を減らしながら職能を発揮する」現代的な働き方といえるでしょう。だから今回は、働くことができるけれども、あえて非常勤という形を選ぶドクターを想定し、そのメリットを整理していこうと思います。
雇われる側としてもメリットはある
雇われる立場であっても、非常勤として雇ってもらうことには逆に少なくないメリットがあると考えています。ここでは、その代表的なポイントをいくつか取り上げて見ていこうと思います。なお、今回は網羅性を狙うものではありませんので、詳細は他の記事もあわせて参照していただければと思います。(参考記事→常勤か非常勤か? 複数の非常勤を掛け持つ。 非常勤転職の最適解)
診療以外の業務をやらなくていい
非常勤勤務の大きな利点の一つは、診療に直接関係しない業務を任されることがほとんどない点です。常勤のドクターであれば、診療以外にも会議や委員会、院内研修、教育、さらには事務的な調整業務など、臨床とは異なる領域の仕事が次第に増えていく傾向があります。特にある程度の経験を重ねると、管理職的な役割や組織運営に関わる業務が求められることも多くなり、それが少なからず負担やストレスの原因になることがあります。医師という職業は本来、高度な専門技術職であり、臨床の現場で力を発揮することが本質です。にもかかわらず、年功序列的な構造の中で管理や調整に時間を取られるようになると、自分の専門性と仕事の内容との間にずれを感じることもあるでしょう。その点、非常勤であれば基本的に診療そのものに集中でき、余計な会議や管理的業務に煩わされることがありません。こうした「純粋に医療行為に専念できる環境」は、非常勤勤務の大きな魅力の一つといえます。
時間がはっきりしている
非常勤勤務のもう一つの大きな特徴は、労働時間とオフの時間の区切りが非常に明確であるという点です。常勤の勤務では、たとえ就業時間が「9時から17時」と定められていても、実際にはその時間通りに終わることはほとんどありません。特に病棟を担当している先生方は、患者さんの急変対応や業務の引き継ぎなどで、時間通りに帰ることが難しいのが現実です。順調に業務が進んでも19時過ぎに退勤できれば早い方、という先生も多いのではないでしょうか。
非常勤の場合はこの点が大きく異なり、労働時間が契約上きちんと定められており、その範囲が厳密に管理されます。たとえば9時から17時と決まっていれば、原則としてその時間内だけ勤務し、昼休憩も法定どおり1時間確保されます。もし延長勤務が発生した場合には、残業代を1分単位で支払う必要があり、実際にはその煩雑さを避けるために、あらかじめ1時間分の見込み残業を設定している施設もあります。いずれにしても、非常勤は日給や時給での契約が多く、勤務時間と報酬の対応関係が明確です。そのため、時間管理がよりシビアに運用され、結果として勤務終了時刻が守られやすい傾向にあります。常勤の先生が残っている中でも、非常勤の先生は「ここまでで結構です」ときちんと帰してくれる施設も多く、オンとオフの切り替えがしやすいという点で、非常勤勤務は非常に合理的な働き方といえるでしょう。
当直やオンコールがない
非常勤勤務の明確な利点として、当直やオンコールの負担が基本的にないことが挙げられます。常勤の医師であれば、診療科や病院の体制にもよりますが、当直やオンコール対応を求められるケースが少なくありません。これに対して非常勤の先生の場合、そうした義務が課されることはほとんどなく、勤務契約の範囲内で業務が完結します。極端な例を挙げれば、週1回の内科外来を担当している先生に当直を依頼するようなことは、まずありません。また、在宅診療の非常勤アルバイトであっても、週1〜2回の勤務で時間外のコール対応を求められるケースは極めて稀です。そもそも当直やオンコールは常勤医が担うことを前提としており、非常勤医にまでその責任を求めることは通常ありません。万が一、勤務先から打診があったとしても、それを断って問題になることはなく、やる義務も生じません。常勤勤務では「当直なし」を条件に入職しても、診療科によっては完全に免除されにくい現実がある一方で、非常勤ではそのような拘束から完全に解放されるというのは、大きな安心感につながる点だと思います。
見かけ上給与が高い
非常勤勤務では、額面上の給与が常勤より高く見えることが多いのも特徴です。日給や時給といった形で報酬が明確に定められているため、働いた時間や日数に対してどの程度の収入が得られるのかが非常に分かりやすい点も魅力といえます。常勤の場合、労働時間を厳密に算定することは難しく、各種手当や控除、税金、社会保険料などが複雑に関わるため、実際にどの程度の手取りになるのかが見えにくいというのが実情です。そのため単純に比較すると、非常勤の方が割高に感じられる場面も少なくありません。
ただし、この「高く見える」給与には一定の理由があります。前回の「雇う側の立場としての非常勤」でも触れたように、非常勤の報酬には本来、常勤であれば事業者側が負担する社会保険料や退職金の分が含まれていると考えられます。したがって、総合的に見れば実質的な差はそれほど大きくはなく、非常勤の給与が高く見えるのはある意味で妥当ともいえるのです。もちろん、非常勤では社会保険料を自分で管理する必要がありますし、退職金も存在しません。雇用の安定性や各種の保障と引き換えに、働いた分を明確に受け取るという形が非常勤の報酬体系です。
そうした背景を踏まえると、見かけ上の給与の高さは、制度的なバランスの上に成り立っているといえるでしょう。
結構自由にフレキシブルにできる
非常勤勤務のもう一つの大きな魅力は、自分自身で働き方の負荷やバランスを柔軟に調整できるという点です。契約は多くの場合1年単位で更新されるため、生活環境の変化や体力、家族の事情に合わせて見直すことが比較的容易です。
たとえば週5日勤務を希望する場合でも、非常勤であればその構成を自由に組み合わせることができます。週2日は訪問診療、週1日は健診、週1日は外来、残りの1日は自由診療の問診中心業務というように、複数の分野をバランスよく掛け持つことも可能です。先生によっては同じ業務を続けていると単調に感じる方もいますが、非常勤であれば業務内容や職場を自由に変えることができ、「少し合わない」と思えば次の契約で無理なく方向転換できます。逆に臨床経験をしっかり積みたい場合には、より忙しい現場を選んで経験を深めることもでき、働き方の設計に大きな自由度があります。
また、家庭や健康上の事情などに合わせて勤務日数を減らすことも容易で、週4日から週3日、さらに週2日の訪問診療だけに絞るといった調整も現実的に可能です。こうした柔軟さは常勤勤務では得にくいものであり、非常勤ならではの現代的なワークスタイルといえるでしょう。
同じ勤務先に行かなくていい
この点は先ほどの「柔軟に働ける」というメリットとも重なりますが、非常勤勤務では同じ職場に毎日通う必要がないという特徴があります。常勤の場合、どうしても同じ環境・同じ人間関係の中で日々を過ごすことになり、それが安心感につながる一方で、息苦しさやマンネリを感じる要因にもなります。特に人間関係の摩擦や職場特有の文化に疲れやすい先生にとって、同じ場所に通い続けるというのは思いのほか負担が大きいものです。その点、非常勤であれば複数の勤務先を持つことで、自然と気分の切り替えができます。勤務ごとに異なる環境に身を置くことで、仕事への集中力が保ちやすくなり、人間関係のストレスも分散されます。また、一つの職場に過度に依存しないことで、精神的にも経済的にも安定感が生まれ、結果的に一つひとつの勤務を長く続けやすくなるという利点もあります。環境を変えることで自分の臨床スタイルを客観的に見直すこともでき、医師としての幅を広げる意味でも有効な働き方だと思います。
リスクヘッジが可能
非常勤勤務のもう一つの特徴は、リスク分散がしやすいという点です。非常勤の場合、そもそも複数の勤務先を掛け持ちしていることが多く、一つの施設にすべてを依存していないため、万が一どこかのクリニックや病院が経営難に陥ったとしても、全収入を一度に失うことはまずありません。仮に4か所勤務していて1か所がなくなっても、残り3か所があれば生活が成り立ち、焦らず次の勤務先を探す時間的余裕も確保できます。
これに対して常勤勤務は、言わば労働力を一つの勤務先に「全ベット」している状態です。近年では医療機関の経営破綻も決して珍しくなく、常勤であっても突然職を失うリスクがゼロとは言えません。そう考えると、複数の勤務先を持つ非常勤のほうが、むしろ安定性の面で優れているという、少し逆説的な状況が生まれています。これは医療業界の構造的な変化を反映した現象でもあり、非常勤という働き方がリスクヘッジの観点からも合理的な選択肢になりつつあると感じます。
比較的、仕事を得るのが簡単
非常勤勤務は、仕事の機会を得やすいという点です。非常勤、特に週1〜2回の勤務形態であれば、募集件数が多く、希望する条件に合う職場を比較的容易に見つけることができます。常勤のように勤務時間や役職、勤務体系などの条件が細かく設定されているわけではないため、マッチングのハードルが低く、もし実際に働いてみて合わないと感じた場合でも、契約期間の終了や更新のタイミングで無理なく変更することが可能です。この柔軟さは、医師としての働き方に多様性を持たせるうえで大きな魅力となっています。
一方、医療機関側から見ても、常勤医の採用は社会保険料や退職金などのコスト負担が大きく、簡単に採用・解雇できないというリスクを伴います。そのため、多少単価が高くても、非常勤の先生にシフトを支えてもらう方が経営上の柔軟性を保てるという判断が働くケースが多く見られます。結果として、非常勤の募集は今後も一定数維持され、転職市場でも動きやすい状況が続くと考えられます。働く医師にとっても、雇う側にとっても、非常勤という形態は時代の要請に合った合理的な選択肢となりつつあるように思います。