「直美」から見る美容医療のキャリア──自由診療を選ぶ若手医師たちのリアルと未来

初期研修後すぐに美容医療・自由診療へ進む若手医師が増える中、彼らのキャリアに対する世間や医療界の偏見が再燃しています。「直美」と揶揄されることもある中で、果たしてこの選択は間違いなのか、将来性はあるのか。実際のリスクや戦略、そして著者自身の経験をもとに、美容医療に進むことのリアルを冷静に見つめます。

そもそも美容に対する風当たりは強かった

美容医療に対しての偏見や風足りの強さは、以前からありました。世間からよりも、むしろ同業の医者からの風当たりの方が強かった印象です。私が医者になったばかりの時代は、上の先生の中には、美容は医者ではないと言う先生さえいました。しかし美容クリニックが増え、SNS等で世間的に美容医療への敷居が下がり、意識が変わるにつれて、最近は偏見もかなり薄らいできたように感じます。

また医者の意識も変わりました。以前は様々な事情で美容に転向する場合、割り切れない思いを抱えたまま仕事をする先生もみえたと聞きます。しかし最近は特に若手医師の意識は変わって、美容医療への抵抗はなく、憧れをもつ先生も少なくありません。

しかし最近再び「直美」という言葉が出来て、偏見が再燃するような状況があります。この半ば差別用語のように使われる状況に対して、個人的には疑問を覚えますが、お金を儲けている(ようにみえる)医者は許せないという世間的な意識の表れなのでしょうか?(実際は叩かれるような好条件の求人は減っていますが)。

たしかに初期研修直後で経験がまだ多くない先生による施術で問題になったこともあるようですが、美容医療が抱える様々な問題もすべて責任を「直美」のせいにするような風潮を恐ろしく感じています。カウンセリングで長時間拘束による半強制契約や、経営破綻による未消化分の施術の問題など、全く関係ない問題も同じ記事に同列で扱われることもあり、複雑な気持ちです。

初期研修直後に美容医療に行く先生の事情はそれぞれ

初期研修後に美容系の自由診療に振り切る先生は、報道で取り上げられるものの、比率でいえば圧倒的に少数です。いろいろな事情や心境の先生がみえると思いますし、個人の職業選択の自由として、それは尊重されるものであると思います。元々美容外科志望で早くから経験を積みたい先生、保険診療に将来性を見いだせない先生、奨学金などの金銭的な事情がある先生、初期研修2年間で保険診療に疲弊して別の進路を見出した先生など、個別の事情はそれぞれであると思います。志望動機が明確で、前向きな先生は周囲の雑音は気にせずにそのまま突き進めば良いと思います。

少々懸念されるのが、なんとなく選んでしまった場合や、初期研修で疲弊してしまった先生など、美容を積極的にやりたいわけではないものの選んでしまったケースです。自由診療は保険診療とは違った厳しさもある世界で、後々後悔してしまう場合もあると思います。しかしその場合、スキル的に他の仕事に転向しにくく、せっかく医師免許を取得したものの、将来的に仕事を得にくくなってしまうことが心配です。

初期研修直後に美容医療に行く先生の、その後のキャリアについて

多くの先生が気にされるのが、長期的なキャリアであると思います。美容外科医としての教育体制が整っており、しっかりと研修ができる医療機関につとめる場合は、汎用性の高いスキルを習得できれば、長期的に美容外科医として活躍していくことは可能であると思います。この場合は転職したり、場合によっては開業したりと選択肢は多くあります。

しかし問診のみの業務や、教育体制が確立されておらず、汎用性のあるスキルが身に着けられなかった場合、短期的にはよいものの、10年単位のスパンでみると仕事が得にくくなる懸念があります。これが多くの先生がもっとも懸念することであると思います。

初期研修直後に、問診や注射などの業務に振り切った場合、スキルの習得は難しくなります。仕事がある間は問題ありませんが、自由診療の世界は流動性が高いです。事実有名クリニックでも経営破綻するようなことが起きています。長年勤めていたクリニックを何らかの理由で退職する事になった場合、スキルがない状態で、かなり不利な状況で転職活動を行うことになります。最悪の場合、医師免許を持っているにもかかわらず、仕事がないということにもなりかねません。

初期研修直後に美容医療に行く先生の不安について

美容医療に前向きに邁進する先生は別として、初期研修後に保険診療の選択をしなかった先生は、多かれ少なかれ、将来性に不安や懸念を抱えていると思います。保険診療も先行きが明るいとは言えませんが、それ以上の懸念を抱えていると思います。このままでいいのか、いつまで続けられるのか?、将来路頭に迷うことはないだろうかと、、。

特にスキル習得が難しい分野では将来に不安があることは当然だと思います。問診の業務をたとえ10年間続けても、医師としてのスキルアップには結びつきにくいからです。もし10年後に、現在勤めている職場を離れることになったときに、同じような問診のみの業務がすぐに見つかればよいですが、選択できる求人がかなり限られてしまうことは否めません。また従前と同じような待遇で勤められるかどうかもわかりません。問診で待機中心の業務の時給は、現在でも値崩れが始まっており、数年前よりもすでに状況が悪くなっています。

逆に、問診や簡単な処置・注射などの業務で、生涯乗り切れるケースを想定してみます。初期研修後に就職した医療機関が、経営的に安定していて、先生を定年まで雇用してくれて、40年近く勤め上げるケースです。しかしこれは現実問題としてかなり難しいかもしれません。自由診療の業界は入れ替わりや、競争が激しく、数年後の未来もまったく予想できません。そして医者が増えて、若くて活気がある医師が出てくる中、義理堅く先生を雇い続けてくれる医療機関がどれほどあるか、、。そもそも自由診療は雇われ院長契約の場合は雇用条件が非常に不安定で、いつ仕事を失うか、場合によっては借金を背負うこともある、ハイリスクな働き方です。やはりこの手法で生涯逃げ切るのは、私には難しいのではないかと思います。何かしらの戦略か、どこかで方向転換を迫られる可能性があります。

戦略として、短期間に経済的自立を目指して種銭を作り、逃げ切るということは、ひとつ考えられます、生活費を縮小して、給与の大半を投資にまわしてしまい、10年ほどで億単位の種銭をつくり、あとは配当金や分配金を得ながらアルバイト生活で生涯逃げ切る、などの明確なプランがある場合、なんとかなるかもしれません。しかしこちらも今の状況ではあと10年も持つのか、、それもわからない不透明なプランになります。

現実的に医師を継続する場合は、なんらかのスキル習得が必要になる可能性がある

初期研修直後に、問診業務等に振り切った場合、医師の仕事を続ける場合は、いずれかの時点でスキルを習得する必要性に迫られる可能性があります。そしてそれは早いほうが辛くないと思います。例えば初期研修後に3年間自由診療の仕事をして、その後思うところがあり、後期研修に進んでもそこまで違和感はありませんが、卒後10年後にあらためて研修しなおすことは、不可能では無いとはいえ、正直つらい思いをする先生がほとんどだと思います。

スキル習得をしない場合は、問診、健康診断等、仕事がかなり限られてしまいます。仕事を選びにくいということは、雇用主の都合で、安い時給で先生の労働力を買い叩かれてしまうリスクを抱えるということです。経済的に困窮していなければ問題ないですが、生計を給与所得で立てなければならない場合や、ご家族を扶養している場合は、晩年はきついかもしれません。

状況は流動的で複雑

私はこの記事を、「初期研修直後の自由診療は、将来的不安定さから、辞めたほうが良い」としたいわけではありません。そんなありきたりの内容なら、現役医師が書く記事の意味がないでしょう。未来は誰にもわからず、それは保険診療を選択した医師にも言えることです。10年経って、自由診療の選択をした方が正解だったとなる可能性もあるからです。

そしてスキルを習得して、リスクヘッジをしたうえで、再度自由診療の業界に戻ろうとしたとき、すでに自由診療の旨味が失われている可能性もあります。厳しくなったとはいえ、自由診療が比較的恵まれている間に、その旨味を思う存分享受しておけばよかった、と後悔する可能性だってあります。待機中心で簡単な問診、処置業務で、日給8万円前後ももらえる時代は、戻ってきたときには失われているかもしれないからです。

しかし自由診療に進んで、方向転換の時期を見失った結果、40代で医師免許がありながら、低時給の仕事で日銭を稼がなければならない、ヘタをするとそれさえ出来ず、医師を辞めるか、若手医師と混じって、再研修の辛い日々を過ごすことになるかもしれない、、、このようなかなり厳しい事態も想定されます。

はたまたスキルがなくても、経営、管理の方で抜擢され、医師としてではないけれども、仕事には困らないということになるかもしれません。勤めていたクリニックで他の先生が独立するときに、人柄を見込んで先生が引き抜かれ、共同経営者として思わぬ出世を遂げるかもしれません。未来に何があるかは、誰にも全く予想がつきません。

少し話はズレますが、「持っている人間」という人は、先生の周りにも一人、二人はいらっしゃるのではないでしょうか。タイミング良く優良な職場に恵まれたり、危ないところで難を逃れたり、他にも優れた人がいるのに、なぜかその人が評価され、人望があり、努力以上に恵まれた人生を送っている人です。要するに運が良い人です。そのような人はどんな未来にも生き残れると思います。そういう星の下に生まれたのでしょう。羨ましい限りです。

話がそれましたが、結論としては、先生が良いと思う、納得できる、最善と思われる道を選択するしかないと思います。結果はその道を歩んでみなければわからないのですから。後になって振り返っても、ご自身が選んだ道であれば、どうなっても受け入れられると思います。

水を指すようで申しわけないのですが、保険診療でも激務から心身の体調を崩して、問診の仕事もできないような状況に追い込まれる可能性もあります。かつての私も一時期そうでした。それならまだ未来はどうあれ、今仕事ができる方が大事なわけです。健康であれば、思うような仕事ができないとしても生きていくことは出来ます。しかし健康を失えば、全ての仕事を失います。生活も破綻してしまいます。最悪の場合人生を失います。先生にこのようなことを申し上げるのは大変恐縮ですが、敢えて申し上げようと思います。先生には不幸になって欲しくない、幸せになって欲しい、かつて全てを失いかけた、とある医師からの願いです。

私の経験

実は初期研修後に、私のところにも自由診療業界の話が来たことがありました。たまたま初期研修後に、自由診療志望の同期の先生がおり、話を聞いたことがあったのです。その当時はまだまだ自由診療への風当たりが強く、その分高給で医師を募集していました。高給や勤務負担を考えると、保険診療に比べて、あらゆる待遇がだいぶ恵まれていました。

正直惹かれないというわけではありませんでしたが、私はお金や待遇というよりも、「保険診療の普通の医者」として生きる未練を捨てきれず、体調も崩し気味でしたが、結局保険医になる選択をしました。また同時に、自由診療の業界はたしかに良いけれど、永続するものではなく、長期的にはどうなるかわからない、問診だけでは早ければ数年後に困ることになるかもしれないと考えていました。

しかし10年経って、私の予測を超えて、自由診療の業界は生き残っていました。経営が厳しいところもありますが、業界全体でみれば市場は明らかに拡大しています。正直ここまで美容医療、自由診療のクリニックが増えるとは夢にも思いませんでした。本当に未来はわからないものです。もしも10年前に自由診療に振り切って、資産形成を行っていれば、米国株式の好調も重なり、経済面ではFIREを達成していたかもしれません。事実、私の同期の先生は、元々の才覚もあるかもしれませんが、自由診療の業界で成功しているようで、嬉しい限りです。

私は自分の選択を、今現在どう思っているかと聞かれれば、散々悩んで、迷って、納得して選択したので、最善を尽くしたと割り切っています。自由診療の業界に振り切っておけばよかったとも思いませんし、保険診療で正解だったと確信しているわけでもありません。まだ人生の途上ですので、なんとも言えない、一寸先は闇で、人生は本当にわからないものだと、日々迷うことだらけです。

(ちなみに現在は保険診療とともに自由診療も一部並行して仕事をしています。保険+自由のハイブリッドでリスク分散をしています)

知人の医師の例

実は初期研修直後に自由診療の問診中心の仕事を行い、2-3年後に保険診療に転科した医師と、一時期一緒に仕事をしていた時期があります。詳しい事情は守秘義務もあり聞けない面もありましたが、自由診療特有のブラックな経営面や、長期的な将来性も鑑みて、保険診療のスキルを身につけるために内科に転科されました。転科当初は、収入も激減し、仕事内容はむしろハードになり、精神的にも経済的にも大変な時期だったと思います。しかし1年もすると一般的なスキルは習得し、普通に仕事をこなしておりました。一度ある程度スキルを身につければ、仕事の選択肢は増えます。一時期はきついものの、このような経験はかならず役に立つと思います。

それでも無難なのは、保険診療のスキルを持つこと

結論としては、ご自身の思う選択をするしかないという、曖昧なものになってしまい申しわけないのですが、個人的意見としては、保険診療のスキルは持っておくほうが無難だと思います。前述のような美容一本で生きていく目標がある先生を除いて、何かしら保険診療のトレーニングをすることはリスクヘッジになります。専門医まで取る必要はないので、スキルとして持っておくだけでも全然違います。

どのような保険診療のスキルを身につければよいか迷う場合は、転職にも診療にも汎用性が高い総合診療は一つの選択肢になります。自由診療と全然仕事内容が異なり、割り切れないことや大変なこともあるので、転向する場合、最初は従前とのギャップに苦しむかもしれません。ですが長期的なキャリア形成としては、汎用性が高く、環境を選べば仕事も続けやすく、生き残りやすい選択肢だと思います。

まとめ

医師としてのキャリアには正解がありません。自由診療に進んでも、保険診療にとどまっても、それぞれに葛藤とリスクがあります。大切なのは、先生ご自身が納得できる選択をして、信じる道を歩んでいくことかと思います。人生は思い通りにならないことも多いですが、それでも未来に備え、できる準備を積み重ねておくことは、どこかでかならず先生を支えてくれるはずです。この記事が、今悩んでいる先生の小さなヒントになれば幸いです。

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