医療脱毛クリニック経営破綻の衝撃

2010年代後半より、医療脱毛クリニックは急速な勢いで増えておりました。主要駅には有名クリニックが複数乱立している状況で、電車や看板でも広告を目にしない日は無いほどです。しかしここ最近、有名クリニックが相次いで経営破綻するということに見舞われています。業界内にも激震が走りました。

当サイトでも医療脱毛クリニックのお仕事は、問診中心で空き時間も多く、特殊なスキルも必要としないため、度々ご紹介してきました。今回の一件を踏まえて、勤務医側からみた考察と、今後の医療脱毛クリニックでの勤務について考えていきます。

そもそも医療脱毛がなぜこれだけ普及したのか?

医療脱毛は現在では脱毛での第一選択となっていますが、歴史的にはこれは比較的最近のことです。それまではエステサロンでの光脱毛や、それより以前は針脱毛という方法が行われていました。しかし針脱毛は一本一本毛穴に針を刺し、毛根を焼くという方法で、気の遠くなるような時間がかかり、時間がかかる分、お金もかかりました。その後、エステサロンで光脱毛が行われ始めますが、まだまだ出力のパワーが弱く、効果はたしかにあるものの、相当回数を重ねる必要がありました。また医療機関でなく、エステサロンで、このような施術を行うことが、医療行為ではないかと問題視されたこともあります。

そのような中で医療脱毛が出てきます。最初は皮膚科、形成外科の開業医の間で、自由診療の一部として小さく行われていた状況でしたが、徐々に医療脱毛に特化した現在の医療脱毛クリニックが出てき始めました。おそらくですが、脱毛の需要が増えてきたこと、レーザーの機械が良くなってきたことが要因となり、こちらに目をつけた資本を持つ法人が参入し、一気に全国に広まりました。さらに外国文化の影響で男性が脱毛を行う世の流れも追い風になり、いわば脱毛ブームのような状況になりました。

脱毛クリニックに勤める医師を確保する問題

医療脱毛クリニックでは、施術はほとんどが看護師さんが行いますが、クリニックという形式上、一院に一人医師が必要になります。特別なスキルは必要ありませんが、医師が在院していない状況では施術はできません。医師の指示のもとに、看護師が施術を行うという建前で、施術を行っているためです。

しかし最初は医師を確保するのは容易ではなかったと思います。2010年代の序盤はまだまだ美容医療には偏見が強く、保険診療から自由診療に移行する医師には厳しい目が向けられることも少なくありませんでした。信じられない話ですが、美容の医師は、医師ではないと言う先生さえいました。そのような状況ですから、医師を確保するには待遇を良くするしかありません。その当時は給与も今よりもだいぶ恵まれた額が提示されていました。

その後大手が次々に参入し、飽和状態に

医療脱毛クリニックは黎明期には、まだ熱破壊式がメインで、施術に時間がかかることや、予想以上にお客様が多かったせいか、全く予約がとれない状況でした。2015年の段階でも、次の予約が2−3ヶ月後になることも珍しくない状況でした。しかし儲かる業界には、次々に資本を持った大手が目をつけて参入し始めます。数年であっという間に業界の状況が変わりました。冒頭のように脱毛クリニックが乱立状態となり、お客様の取り合い、価格競争の激化が起こりました。開院すればお客様でいっぱいになる状況が一転し、潰し合いのような状況が始まったのです。

医師側の意識もだいぶ変わってきた

医療脱毛クリニックが増加すると同時期に、特に若手医師の意識が変わってきたと感じます。一昔前までは、保険診療が主流で、自由診療の仕事へ行くのはかなり抵抗がある先生が少なくありませんでした。しかし近年は逆に、安月給で大学医局に所属して、しょっちゅう転勤になり、10年近くかけてやっと専門医と博士号を取得して一人前、という流れの方が嫌だという先生も多くなりました。コスパ、タイパが悪いと考えるようです。最初から給与がよい自由診療に行くという考えをする先生も出てきて、医療脱毛クリニックで医師を確保したい法人と思惑が一致した結果、初期研修後に医療脱毛クリニックに就職する先生もちらほら出てきました。いまでこそ、初期研修後に美容医療に行く、いわゆる「直美」という言葉が出てきて、一種の社会問題になっていますが、私が知る限りは、この流れは2010年台後半にはちらほら出始めていたと思います。

実際に私の周りにも初期研修後に、医療脱毛クリニックに就職する医師がいました。そしてその後、後述する管理医師問題に巻き込まれ、大変なことになってしまった先生もいたようです。

自転車操業になる、前払いビジネスモデルの問題

医療脱毛クリニックは基本的に前払いの形態です。全身脱毛プランでは、50万円前後のお金が動きます。お客様は契約時に一気に払うか、またはローンで払うというスタイルです。そのためクリニック側には最初に一気にお金が入り、最初はキャッシュフローが良くなりますが、同時にお客様の脱毛未消化分が負債となります。経営が回っている状況では良いですが、新規のお客様が入り続けないと、経営が苦しくなります。契約後の再診のお客様からは、再契約や追加契約が無い限り、一円にもなりませんから。

そのため業務を継続するには新規のお客様を獲得し続けなければなりません。そうでないと店舗を維持し、契約してくれたお客様の脱毛を行うことができないためです。しかし前述のように、医療脱毛に特化した同業者が乱立した結果、新規顧客の獲得が難しくなりました。同業者が増えればどうしても各クリニックあたりのお客様は減ります。そのような状況からキャッシュフローが怪しくなり、経営が傾いたことが推測されます。

ちなみに私は最初は患者だった

今でこそ、私は医療者の立場ですが、私は最初は患者側の立場でした。最初に脱毛をしようと思った時、私が検索して辿り着けたメンズ専門の医療脱毛クリニックは新宿に1件だけでした。今では超大手クリニックですがその当時は、名前もまだ前身のクリニックです。最初は熱破壊式で、麻酔もなく、かなり痛くて時間もかかりました。当時の全身脱毛は身体を4ヶ所のパーツに分けて行っていたので、全身行おうとすると結構時間がかかりました。今のように蓄熱式と併用して、一日で全身脱毛ができる状況とはだいぶ違います。また先生や看護師さんもわりと年上で、もともと他の保険診療から移行してきた方だったようです。価格も今より高く、お客様の予約にも余裕があり、新宿の大都会にありながら、なんとなくアットホームな雰囲気でゆったりしていました。今のように、医師も看護師さんも若くて、予約ギチギチでどんどん数をこなす状況とはだいぶ違った印象です。懐かしさを覚えますね。

管理医師(雇われ院長)の問題

医療脱毛クリニックを次々に展開するには、管理する医者を一人確保しなければなりません。仮にも医療機関ですから管理医師を確保する必要があります。そこで注目されたのが若手医師でした。高額の給与を提示して引っ張ってきて、管理医師として着任してもらい、一部クリニックは急速に店舗数を増やす戦略を取ったわけです。

そこで問題となるのが雇用形態の契約でした。管理医師は基本的に事実上は労働者のような形態でありながら、社会的には管理者として扱われるため、労働者としての権利が存在しません。有給休暇や傷病休暇、雇用保険など通常の勤務医が当然として得られる権利を持っていません。こんなことは普通の医者は知りません。まして社会に出たばかりの若手の医師が気がつかないのは当然でしょう。

そして最大の問題が、管理医師が診療所の開設者となり、リース契約や借入金の名義も、その先生の名義になってしまうことです。つまり借金を背負わされてしまうということです。それでも経営がうまく行っていればまだいいですが、経営が苦しくなったり、経営破綻した場合は、その先生が最終的に借金を背負い、社会的に責任を負うことになります。これはあまりに酷な話だと思います。

これは人から聞いた話ですが、上記のような方法は、他店舗展開を低リスクで行う手法として昔からあるそうです。本部の法人は、一人の医師を立てて、他店舗展開し、フランチャイズ契約でお金を吸い上げて、万が一経営が上手くいかなければその先生が責任を負ってくれる、、。又聞きの話なので真偽は不明ですが、雇われる側の立場としては恐ろしいことです。そしてこの手法はエステサロンなどの業界でも昔問題になったらしいのですが、、詳しくはわかりません。。。

これからの医療脱毛クリニックでの勤務は?

これからの問題ですが、私はこの記事の執筆時点ではいまだに医療脱毛クリニックでの非常勤の仕事を続けています。私としては特に問題なく継続する予定でおります。これから医療脱毛クリニックでのお仕事を検討されている先生、現時点で行っている先生で場合分けをして考えてみようと思います。

これから医療脱毛クリニックで勤務希望の先生

これから医療脱毛クリニックで働こうという先生には、非常勤での勤務をおすすめします。常勤は上記のように基本的に管理医師契約となるため、私は積極的に勧められません。もちろん信用できる優良な求人もあると思いますが、それを見分けるのは通常の勤務医には不可能に近いです。現状では危うきには近寄らずをおすすめします。

非常勤であれば、医療脱毛クリニックは今でも優良な仕事の一つだと思います。そして週に1−2回であれば飽きることもなく、ちょうどよく続けられると思います。そのくらいに留めるのが無難です。

そして必ず保険診療のスキルを磨くことをオススメします。自由診療の業界は流動的で何があるかわかりません。正直数年後の未来も全く読めない状況です。実際経営破綻するクリニックが出てきたり、時給が以前より下がってきている傾向は確実にあります。逆に保険診療が数年後に消滅していることはまず考えられません。保険診療の能力があれば、世の中がどう変わろうとも、生き残れる可能性が高いです。そのためにも、可能な限り保険診療の仕事を併行して行うことをオススメいたします。

・すでに医療脱毛クリニックで勤務されている先生

非常勤で勤務されている先生

保険診療の仕事を掛け持ちながら、医療脱毛クリニックで非常勤の仕事をされている先生の場合は、今の時点では、今まで通り継続する方向でよいと思います。もし状況が変われば他の自由診療の業務に移ったり、保険診療の割合を増やすことで対応できると思います。

医療脱毛クリニックや自由診療一本だった先生は、何かしら保険診療の仕事を掛け持って、何かあれば保険診療に切り替えられる状況を作ることがオススメです。過去に保険診療の経験がある先生は問題ないですが、いままで問診中心だった先生は、新たなスキル習得に挑戦することがオススメです。これについてはここではテーマが大きすぎるので、また別で扱えればと思いますが、以前のこちらの記事も参考に頂ければと思います。(参考記事→スキルがない場合の再研修は可能か?

管理医師契約の先生

管理医師の先生は、ケースバイケースで非常にデリケートな問題です。基本的に管理医師は先生が辞めたいと思っても、少なくとも後任の医師が見つかるまではやめられない可能性が高いです。さらに契約によっては借金を背負っている場合もあります。このケースについては一概に対応の提案が出来ず、また私も経験が不足しているため、的確なことが申し上げられず、申し訳ない状況です。

まずは先生が入職したときの書類を引っ張り出して、状況を整理することから始めましょう。やっかいなのが、実印や通帳も預けてしまっているケースです。これはかなり危険信号です。先生ご自身だけで解決しようとするよりも、周りや行政を頼るべきです。厚生労働省にも相談窓口はあります。弁護士への相談も現実的です。とにかくご自身だけで抱えて解決しようとせず、周りに相談してください。

また優良でしっかりとした契約で管理医師または、常勤を行っている先生は、ひとまず様子をみる方向でも良いと思います。しかし今後どうなるかはわかりません。保険診療の仕事に移行することや、一部取り入れることも視野に入れるべきかと思います。医療脱毛クリニックの問題点は、医師としてのスキルアップに結びつきにくいことです。たとえ10年継続してもできることが増えるとは正直考えにくく、これが他の仕事と比べると弱い面になります。

おわりに

医療脱毛クリニックのお仕事は、このサイトでもよく扱っていましたし、私の経験からも、非常勤で一部取り入れるのはオススメしておりました。その分、今回の一件は私も非常に驚きました。そしてまだ世の中には出ていないものの、業界内では危ないと言われているクリニックがあることも事実です。

我々としての対策は、どのような状況でも生き残れるように、情報収集を行い、スキルアップ・維持に努め、勤務する業界は分散することが大切だと思います。投資では「卵は一つのカゴに盛るな」という言葉があります。労働もある種の投資です。自分という人的資本を投入するところは慎重に選び、なおかつ分散させることが重要です。今回の例で言えば医療脱毛クリニックだけでなく、他の自由診療や、保険診療に分散させておくことがリスクヘッジになります。

これからも先生がどのような状況でも優良な仕事を確保し、充実した人生を後押しできるように、情報発信の形で応援させて頂こうと思います。

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