雇われる立場としての常勤 デメリット編

前回は「雇われる側」と「雇う側」という二つの視点のうち、前者の立場から常勤勤務のメリットについて整理しました。今回はその対比として、同じく雇われる立場から「常勤勤務のデメリット」を見ていきたいと思います。常勤勤務は医師の働き方として王道であり、安定や制度的な恩恵といった大きな利点がありますが、その裏側には、働き方の自由度や将来の展開という観点でいくつかの制約も存在します。安定と引き換えに失われるものが何であるのか――その現実的な側面を、少し掘り下げて考えてみたいと思います。

見かけ上給与が低くなりがち

常勤勤務のデメリットとしてまず挙げられるのは、見かけ上の給与水準が非常勤に比べて低く見える点です。これは単純な報酬額の比較では常勤が不利に映るため誤解されやすい部分ですが、実際には社会保険料の事業主負担や退職金の積立といった非金銭的な補償が含まれており、長期的にみれば総合的な待遇差は見かけほど大きくない場合もあります。

とはいえ、毎月の手取り額という観点では非常勤より少なく、短期的な収入効率という点では不利に感じられることがあると思います。特に早めに資金を確保して、資産運用をご自身で行いたいという先生にとっては、少なくないデメリットになります。トータルでもらえるお金が仮に同じ場合でも、いまのお金と、未来のお金は価値が異なるためです。

うまく運んだパターでも先が見えてしまう分、正直、つまらないかもしれない

常勤勤務は安定しているという点で確かに魅力がありますが、その安定性ゆえに刺激や変化が乏しく、ある意味で“完成された働き方”とも言えます。日々の業務は一定のリズムの中で淡々と進み、努力しても劇的に何かが変わるわけではない。順調に行った場合の10年後、20年後の自分の姿がある程度見えてしまうことは安心である一方で、裏を返せば成長の実感や挑戦の余地が少ないということでもあります。医師としての技術や経験を積み重ねながらも、同じ職場、同じ体制の中で日々を過ごすうちに、ふと「この先もずっと同じなのか」と感じてしまう――その退屈さこそが、常勤という働き方の静かなデメリットなのかもしれません。

医師以外の仕事が増える

常勤勤務では、診療以外の業務が少しずつ増えていくことは避けられません。キャリアを重ねて役職が上がるにつれ、会議や管理業務、教育業務といったいわゆる「医師特有でない仕事」が増えていく傾向にあります。とくに一定以上の管理職になると、診療行為よりも会議や、部下のマネジメントに時間や労力を取られることも珍しくありません。本来の医療行為とは異なる領域に多くリソースを割かざるを得ない状況は、責任の重さとともにストレスの原因となりやすく、臨床の現場に専念したい先生ほど、そのギャップに違和感を覚えることがあるように思います。

一度どっぷり浸かってしまうと、他に行くことが怖くなる

常勤勤務は安定している一方で、その環境に長く身を置くほど、他の働き方に踏み出すことへの心理的なハードルが高くなっていきます。若いうちは仮に別の道に進んでうまくいかなくても、再び常勤に戻ることが比較的容易ですが、年齢を重ね、職場で一定の立場や責任を持つようになると、そうした柔軟さを失いやすくなります。結果として、現状に多少の不満があっても「今さら動けない」「このままが安全だ」と感じてしまい、変化を避ける傾向が強まるのです。長年常勤という枠組みの中で働いてきた先生ほど、新しい環境への転換に慎重になりやすく、逆に非常勤で働く先生のほうが状況に応じて常勤へ戻るなど、身軽に動ける場合も少なくありません。安定の裏には、変化に対する恐れという見えにくいリスクが潜んでいると言えるでしょう。

フットワークが重くなる

上記の続きですが、常勤勤務が長くなり、外の形態で働いた経験が乏しい先生は、どうしてもフットワークは年々重くなっていきます。安定した環境に慣れ、その中で人間関係や立場が形成されると、外の世界に出ること自体が大きなエネルギーを要する行為になりがちです。同じ職場で働き続けられるうちは特に問題はありませんが、勤務条件の変化や職場の方向性のずれなど、やむを得ず環境を変えざるを得ない場面に直面したときに、その一歩を踏み出すのが極めて難しく感じられることがあります。年齢を重ねてから初めての転職するケースや、働き方の大幅な方向転換は、肉体的にも精神的にも負担が大きく、未知の環境への適応には勇気が求められます。長年の安定が生み出す安心感は確かに大きいものの、その裏側で「動けなくなるリスク」を静かに育ててしまう点は、常勤という働き方の盲点の一つと言えるでしょう。

年功序列型の働き方で、頑張る先生が損をする可能性がある

とくに大規模な病院では、いまだに年功序列の色合いが濃く残っており、どれだけ努力しても若手や中堅の先生が正当に報われにくい構造があります。年齢の高い先生のほうが仕事量が少なくても高い給与を得ているという状況は珍しくなく、その不公平感からモチベーションを失うケースも少なくありません。

かつては「自分も年齢を重ねればいずれ報われる」という希望がありましたが、今の医療業界ではその前提自体が崩れつつあります。中堅の先生が一定の年齢に達したとき、かつての先輩方のように昇給や評価を得られる保証はもはや存在しません。むしろ、医療機関の収益構造や人件費の抑制傾向を踏まえると、今後は待遇が下がる、あるいは評価基準そのものが引き締められる可能性のほうが高いと言わざるを得ません。

その意味で、現在の中堅世代は最も割を食いやすく、努力が報われにくい、過渡期の犠牲を背負う立場に置かれていると言えるでしょう。

現状の報われなさや、先行きの暗さを敏感に察知した先生が、利確のために経済性第一に走って、一気に働き方を方向転換する例を時折みますが、動くのはやはり若手から中堅の先生です。その極端な例が、直美という形で現れているのかもしれません。

退職金や福利厚生が減らされる恐れがある

退職金制度は現在も多くの医療機関で維持されていますが、今後も同じ条件で続くとは限りません。すでに一部では退職金の水準や支給条件が見直され、縮小される動きが見られます。さらに、家賃補助や扶養手当など、かつては当然のように存在した福利厚生も削減の方向に進んでおり、制度全体が静かに“軽量化”されつつあるのが現実です。

こうした変化は短期的には目立ちにくいものの、長く勤める常勤医にとっては将来の資産形成や生活設計に直接影響を及ぼします。とりわけ厳しいのは、上記のようにまさに今、組織の中心で働く中堅世代の先生方でしょう。これから定年までの時間をかけて退職金を積み上げていく世代ほど、その削減や制度変更の影響を最も大きく受けやすい。努力を重ねても、制度の変化そのものが報酬の前提を揺るがしてしまう――そうした構造的なリスクが、今の常勤勤務には確実に存在しています。

安定していた時代が終わるかもしれない(医療機関の破綻が珍しくなくなった)

かつては、病院で働くということ自体が極めて安定した働き方とされ、「病院が潰れることはない」と多くの人が信じていました。しかし、近年の医療業界ではその常識が確実に揺らいでいます。経営破綻や事業譲渡、統合などによって、医療機関が姿を消すケースはもはや珍しいものではありません。実際、報道で病院の経営破綻を耳にしても、以前ほど驚かなくなっているのが現実です。しかも、経営不振に陥るのは地方の小規模クリニックだけでなく、「あの規模の病院が」というような大手法人にまで広がっています。

こうした状況を踏まえると、これまで“安全な働き方”とされてきた常勤勤務も、もはや絶対的な安定を保証するものではないと言わざるを得ません。医療機関という基盤そのものが揺らぎ始めた今、安定の象徴だった常勤勤務が相対的に不安定化していく――そんな時代が、静かに現実味を帯びてきています。

今後はジリ貧になっていく恐れがある

医療機関が突然破綻するような極端な事態に至らなくとも、実際には多くの病院が慢性的な赤字、ないしそれに近い状況に陥っており、経営基盤の弱体化は確実に進んでいます。また人口減少が進む地方では、病院の統合や再編の波も広がり、複数の病院がひとつにまとめられるケースも増えており、その結果として部長職等の一定以上のポストも減少傾向にあります。医療費抑制の流れや人件費の上昇、地域医療の再編など、構造的な圧力が重なり、報酬や待遇が少しずつ削られていく“ジリ貧化”は、今後ますます避けがたい現象になるでしょう。

これは非常勤医を含め医師全体の課題ですが、特に長年常勤として勤務してきた先生にとっては、急な環境変化に対応するのが難しくなるというリスクがあります。繰り返しになりますが、環境の変化に合わせて柔軟に動ける力が求められる時代において、安定の裏に潜む「動けなさ」は最も大きな弱点となりかねません。

したがって、常勤という働き方を続ける上でも、いざというときに備えた“可動性”を意識しておくことが欠かせません。正直に申し上げてほとんどの先生が何の準備もないまま日常を過ごしている中で、もし市場の動きを定期的に把握し、状況に応じて選択肢を持てるよう備えておけば、それだけで他の先生方よりも、かなり抜きん出た存在になれるはずです。安定とは、動かないことではなく、いつでも動ける準備ができていること――このような考えは、これからの時代の常勤勤務を支える最大の防御策になると思います。