今回は、転職サイトやインターネット上でもあまり語られない医師という仕事の特徴として、「仕事を分割できる」という点に注目して見ていきたいと思います。
例えば、週5日働いて年収1,500万円を得るだけではなく、週3日に減らして年収1,200万円前後を目指したり、週1〜2日の非常勤だけで生活費を確保したりすることも、医師であれば比較的現実的です。つまり医師は、仕事を辞めるか続けるかという0か100かではなく、働く日数と収入をある程度切り分けながら、自分の人生に合わせて調整しやすい職業なのです。この医師特有の「分割性」について考えてみたいと思います。
他の仕事との比較
まずは、医師と比較して語られることの多い、一般的な高収入の仕事と比べた場合のメリットについて考えていこうと思います。よく比較として挙げられるのが、高収入の商社などの一流企業に勤め、エリートサラリーマンとして活躍することや、国家公務員としていわゆるエリート街道を進むことなどではないでしょうか。年収だけで比較すれば、医師の方が若干高いケースもありますし、逆に外資系企業などでは医師よりもはるかに高収入になる場合もあります。そのため、単純に収入だけで比較することはできませんが、医師という仕事の大きなメリットの一つは、やはり一つの職場に縛られにくいことだと思います。
たとえ一流企業や外資系企業、国家公務員など、非常に恵まれた組織に就職して働いていたとしても、何らかの理由で退職しなければならなくなることはあります。特に外資系企業などは雇用に関して非常にシビアな面もあり、場合によってはリストラなどによって仕事を失うこともあるでしょう。そのようなとき、所属していた組織を離れることによって、キャリア上かなり厳しい状況になるケースもあるのではないかと思います。
もちろん、その会社や組織にとらわれない自分自身の能力をきちんと磨いていた人や、退職後にも生きるような人脈を形成していた人は別です。しかし、特にそうした対策をしておらず、あるとき突然、所属先を離れなければならなくなったというケースでは、その後のキャリア形成が難しくなることもあると思います。
というのも、会社などで培った能力に十分な汎用性があればよいのですが、その会社や組織のローカルルールの中では非常に役に立つ一方、一般社会ではあまり汎用性のない能力である場合、外に出た途端にそのまま活用することが難しくなることがあります。場合によっては、また一からキャリアを築き直さなければならないというケースもあると思います。
医師は所属先が変わっても持ち運べる能力を持つ
医師の場合、医局人事による異動や転職などで職場が変わることは、それほど珍しいことではありません。しかも、職場が変わったとしても、医師として身につけた能力は、日本全国どこに行っても比較的そのまま持ち運ぶことができます。一般的な転職では、職場を変えることによって収入が下がってしまうケースもありますが、医師の場合は経験年数などを基準に評価されることも多いため、従前の職場の待遇を維持したり、場合によっては収入を上げたりすることも、それほど難しくないのではないかと思います。
これは、本当に他の職業とは一線を画す、かなり特殊な特徴だと思っています。他の仕事では、自分がどの程度の能力を持っているのかを転職先に示すことが難しいケースもあると思います。一方、医師の場合は、医師免許を持ち、さらに一定の臨床経験があることが分かれば、「おおむねこのくらいの能力を持っているだろう」と採用する側もある程度予想できます。そのため、転職しても雇ってもらいやすく、転職先そのものも比較的見つけやすいという特徴があります。
しかも、そのスキルも、保険診療の診療能力であったり、自由診療における技術であったりと、職場が変わっても持ち運びやすいものです。もちろん、それぞれの医療機関特有のローカルルールがまったくないわけではありませんが、医師としての本質的な能力については、特定の組織だけでしか通用しないものは比較的少ないのではないかと思います。
そのため、実は医師という仕事と転職は、非常に相性がよいと考えています。医局人事による異動だけではなく、医局を離れて自分で転職する場合についても、他の職業と比較するとかなり転職しやすい職種ではないでしょうか。それだけ転職しやすい職業であるにもかかわらず、現在でも医師の転職は、転職のしやすさから考えると、まだ完全に一般化しているとは言い切れないような印象があります。これは、日本の医局制度が人事権を持つ仕組みとして非常に強く機能してきたことの表れでもあるのかもしれません。
少し余談になりますが、さまざまな事情から医局を離れなければならなくなった先生の話を聞いていると、「もう医師としてまともに働けないのではないか」というくらい絶望している先生を、ときどき見かけることがあります。しかし、実際にはまったくそんなことはありません。むしろ、医局を離れて自分で転職活動を行い、自分に合った職場を見つけた結果、給与もQOLも上がり、さらに雑務まで減ったということは十分にあり得ます。医局を離れることを必要以上に悲観する必要はないと思います。
さらなる利点――医師の仕事は分割できる
ここまで少し前振りが長くなりましたが、今回のメインテーマである、医師の仕事の特殊性の一つである「仕事を分割できる」という点について考えていこうと思います。
医師の仕事は、ここまで書いてきた通り、かなり細かく分割することができます。例えば、ある程度の経験年数がある医師が、保険診療で週5日の常勤として勤務する場合、年収1,500万円前後というのが、一つの目安になると思います。もちろん診療科や地域、勤務内容によってかなり差があります。
そして医師という仕事の特殊なところは、これを例えば週1日にして年収400万円、場合によっては500万円程度で働くことも、それほど難しくないということです。あるいは、週2日で年収800万円、週3日で年収1,200万円を目指すといった働き方も、決して非現実的なものではありません。むしろ、比較的簡単に実現できるケースもあります。その方法は何か特別なからくりがあるわけではなく、単純に非常勤の仕事を組み合わせるということです。私は、これが他の職業にはあまり見られない、医師という仕事の非常に特殊なところだと思っています。(※なお、非常勤勤務は常勤勤務を日割りした場合よりも単価が高くなることがあります。この理由については、別の記事で詳しく解説しています。 参考記事→複数の非常勤を掛け持つ。 タグ:非常勤)
例えば、先ほど申し上げたような非常に優秀なサラリーマンが年収1,500万円程度を稼いでいて、何らかの理由で転職しなければならなくなったとします。能力の高い人であれば、同じような給与水準で年収1,500万円を維持しながら転職することも、不可能ではないでしょうし、場合によっては十分現実的だと思います。ただし、「少し仕事を減らしたいので、週4日勤務にして年収1,200万円にしてほしい」とか、「週1日だけ働いて年収400万円程度をもらいたい」といった働き方になると、不可能とまでは言いませんが、かなり特殊で例外的なケースになるのではないでしょうか。
これは、さらに年収が高い、例えば金融業界などで年収3,000万円を稼いでいるような人でも同じだと思います。仮に「週1日勤務にして年収600万円で雇い続けてほしい」と希望したり、あるいは週1日の勤務先を3つ確保して、それぞれから年収600万円を得て、合計年収1,800万円にするといった働き方は、かなり難しいのではないでしょうか。非常に例外的で、一般的にはほぼ不可能に近い働き方だと思います。できるとすれば、独立してフリーランスになり、複数の企業と顧問契約を結ぶといったケースでしょう。しかし、それも相当能力が高い人や、独立に向けてあらかじめ準備してきた人でなければ、簡単に実現できるものではないと思います。
ここで再び医師の働き方に戻ります。医師の場合、週1回の非常勤の仕事を確保することや、週1回の非常勤勤務をそれぞれ別の医療機関で確保して、合計としてある程度の年収を確保することは、それほど難しいことではありません。また、家庭の事情などで「今年1年間は週2日しか働けないけれども、来年からはまた週5日働きたい」といった形で、一時的に仕事量を減らし、その後また勤務日数を増やすといった変更も、比較的容易です。
実際に医師の転職市場を見てみれば分かりますが、週1日の募集はいくらでもありますし、週2日、週3日という募集もあります。場合によっては、週3日から常勤扱いにするという医療機関もあります。このように、医師は非常にフレキシブルな働き方を選びやすい職業です。私たちは医療業界の中にいるため、その特殊性になかなか気づきませんが、他の業界から見ればかなり特殊な環境であり、実は非常に恵まれた状態なのではないかと思います。
分割性に注目すると、セミFIREも実現しやすい
現在、FIREや、場合によってはセミFIREといった考え方は、一つのムーブメントになっていますが、医師という仕事は特にこのセミFIREとの相性が非常によいと思います。というのも、ここまで書いてきたように、週1回や週2回だけ働きながら、比較的高単価な仕事を選び、ある程度の生活費を確保するという働き方が可能だからです。例えば、ある程度頑張って資産形成を行い、仮に1億円程度の金融資産を確保したとします。その資産には基本的に手をつけず、S&P500に連動する商品など、インデックスファンドで長期運用しながら、自分の生活費については週1回や週2回の非常勤勤務で稼ぐという方法も考えられます。そうすれば、長期的には最初に作った資産の塊がさらに大きくなり、将来的にはいつでも完全に引退できるような状態を目指すことも、十分可能なのではないかと思います。
また、資産形成期についても同様です。例えば最初の数年間は週5日勤務で頑張り、さらに働きたい先生であれば週7日に近い形でかなり多く働くこともできます。もちろん給与所得ですので、収入が増えれば税負担もかなり大きくなりますが、それでも最初の数千万円という資産の塊を何年かかけて作り、その後は徐々に勤務日数を減らしてダウンシフトしていくという働き方も可能です。本人にその意思があれば、仕事量を増やすことも減らすことも比較的自由にできる。これは、本当に他の職種にはなかなかない、医師という仕事の非常に大きな利点ではないかと思います。
最近見られる医師の働き方
実際、ここ10年ほどの米国株の上昇などもしっかり活用しながら、堅実に資産形成を続け、ある程度まとまった資産を作った先生もいると思います。そうした先生の中には、もうそれほど仕事でアクセルを踏み続ける必要はないけれど、まだ完全に引退するには早いし、臨床から完全に離れてしまうのも少し寂しいということで、週1〜2回だけ非常勤で働き、残りの週5〜6日は好きなことをしたり、ゆっくり過ごしたり、子育てをしたりしながら生活を楽しむ、という働き方をしている先生もいるようです。
今後は、こうした働き方も増えていくのではないかと思います。医師の世界でも働き方改革をはじめ、労働に対する考え方は少しずつ変化しています。その中で、常勤として週5日働き続けることだけを前提とせず、非常勤を中心に勤務日数を抑えながら緩やかに臨床を続けるという先生も、今後増えていくのではないかと思います。
非常勤は募集する側にとっても採用しやすい
こうしたムーブメントが起きると、「非常勤の仕事を得るのが難しくなるのではないか」と思われる先生もいるかもしれません。しかし、私は必ずしもそうはならないと思っています。
むしろ、非常勤の仕事そのものは、これからさらに増えていくのではないかと思います。もちろん、条件のよい求人については競争が激しくなる可能性はあります。というのも、経営者の立場からすると、常勤と非常勤のどちらを採用しやすいかといえば、非常勤の方が採用のハードルは低いからです。
他の記事でも書いたと思いますが、常勤の先生を一度採用すると、経営側の都合だけで簡単に雇用を終了することはできません。日本では解雇に対する制約が比較的強く、経営者側からすると、常勤医を一人採用することはそれなりに大きな意思決定になります。(参考記事→常勤医はよっぽどのことがないと、解雇されない。)
一方、非常勤の先生は有期雇用契約となっているケースも多く、契約期間や更新条件をあらかじめ設定した上で採用することができます。もちろん、有期契約であればどのような場合でも自由に雇い止めができるわけではありませんが、常勤医を無期雇用で採用する場合と比べれば、経営状況や必要な診療体制に応じて人員構成を調整しやすい面があります。そのため、多少単価が高かったとしても、非常勤医の方が採用しやすいと考える経営者は少なくないのではないかと思います。
また、非常勤勤務では、勤務時間などの条件によって社会保険の適用対象にならないケースがあります。その場合、本人だけでなく雇用する医療機関側も社会保険料の事業主負担が発生しないため、実際の人件費負担を抑えることができます。こうした点も、経営者にとって非常勤医を採用しやすい理由の一つだと思います。(参考記事→雇う立場としての非常勤)
そう考えると、常勤の先生を一人採用するよりも、必要な曜日や時間帯ごとに非常勤の先生をコンパクトに採用していくという方法を選ぶ医療機関は、今後さらに増えていく可能性があるのではないかと思います。医師側で非常勤を希望する人が増える一方、求人側にも非常勤を採用したい事情があるという意味では、両者の方向性は比較的合っているのではないかと思います。
医師は「どれだけ働くか」を自分で選びやすい
ここまで見てきたように、医師という仕事の大きなメリットは、単に収入が高いことや、国家資格によって仕事を失いにくいことだけではありません。自分が「どれだけ働くか」を、人生の状況に応じて比較的自由に調整しやすいということも、非常に大きな特徴だと思います。
例えば、若いうちは週5日、あるいはそれ以上働いて収入を増やし、ある程度の資産を作る。その後、子育てや介護、自分の時間を優先したくなったときには週2〜3日に勤務を減らす。逆に、またしっかり働きたくなれば勤務日数を増やす。あるいは、週1〜2日の臨床を残しながら、研究や起業、別の仕事、趣味などに時間を使うといったことも可能です。
一般的な仕事では、一度フルタイムの働き方から外れると、同じ収入水準やキャリアに戻ることが難しくなるケースもあります。しかし医師の場合は、臨床能力を維持していれば、勤務日数を減らしたり増やしたりしながら、その時々の生活に合わせて働き方を調整しやすいという特徴があります。
医師という仕事を考えるとき、どうしても「年収はいくらか」「勤務医か開業医か」「どの診療科を選ぶか」といった点に目が向きがちです。しかし、それだけではなく、仕事そのものを細かく分割し、自分の人生に合わせて労働量を調整できるということも、医師という資格が持つ大きな価値の一つではないでしょうか。この点は、転職サイトなどでもあまり語られることはありませんが、私は医師という仕事の明確な利点の一つだと考えています。
この「分割性」を理解しておくと、医師としてのキャリアを、常勤で働き続けるか完全に引退するかという0か100かで考える必要がなくなります。人生のフェーズに応じてアクセルを踏んだり緩めたりしながら、自分に合った働き方を選ぶ。その選択肢を持てること自体が、医師という仕事の非常に大きな強みだと私は思います。





