転職の知識

勤務医も労働者である|有給休暇・解雇・退職の権利と労働基準監督署

医師も労働者として法律に守られている

勤務医も、労働者です。医師という職業は専門職としての独立性が強く、普段から自分自身を「労働者」として意識している先生は、それほど多くないと思います。しかし、社会的に見れば、勤務医も給与を受け取って働く労働者の一人です。医師免許を持っているからといって、労働者としての権利が失われるわけではありません。雇用されている勤務医には、原則として労働基準法をはじめとする労働関係法令が適用されます。

特に、期間の定めのない雇用契約で働く常勤医師は、法律によって強く保護されています。医師は転職先を比較的見つけやすい職業であるため、こうした雇用上の権利について、あまり意識する機会がないのかもしれません。また、その権利が守られていないときの相談先として、労働基準監督署という組織があります。普段、医師として働いている先生方には、あまりなじみのない組織かもしれませんが、我々医師にもなじみ深い厚生労働省の管轄にあり、労働基準法などの法令が守られているかを監督する、勤務医にとって非常に心強い存在となり得る行政機関です。労働者としてどのような権利が保障されているのかを理解しておくことは、現在の勤務先で安心して働くためにも、転職を考える際にも重要です。今回は、勤務医に認められている労働者としての権利と、それが守られていない場合の相談先について、少し考えてみたいと思います。

そもそも労働者は法律によって強く保護されている

日本の労働関係法令は、基本的に労働者を保護するという考え方に基づいて設計されています。これは、歴史的に見ても、雇用する側と雇用される側では立場や交渉力に差が生じやすいためです。経営者が一方的に不利な条件を押し付けたり、気に入らない職員を自由に解雇したりできるようでは、労働者の生活は不安定になってしまいます。そのため、使用者に対して一定の制約を設け、労働者の権利を守る仕組みが整備されています。一方で、経営者の立場から見ると、こうした法律は非常に厳しいものでもあります。職員を雇用した以上、簡単に解雇することはできませんし、労働時間や賃金、休暇などについても、さまざまなルールを守る必要があります。経営する側にとっては負担に感じられることもありますが、裏を返せば、それだけ労働者が法律によって保護されているということでもあります。(参考記事:雇われる側の立場は思っている以上に強力)

労働時間についても、こうした保護は及びます。医療業界では長時間労働が当然とされてきた歴史がありますが、2024年4月からは医師にも時間外労働の上限規制が適用され、原則として年960時間(A水準)、地域医療の確保や研修などの理由で指定を受けた医療機関でも年1,860時間(B・C水準)が上限とされています。医師の長時間労働は、もはや当然のものとはされていないのです。

また、残業代についても、労働時間に該当する以上、原則としてその時間に応じた賃金を支払う必要があります。基本的には1分単位で労働時間を計算することになっており、日々の労働時間を一律に15分や30分単位で切り捨てるような処理は認められません。月単位の時間外労働の集計で認められる一定の端数処理や、年俸制や固定残業代、宿日直許可のある勤務など、個別に確認が必要な場合はありますが、医師だから残業代が支払われなくても仕方がない、という考え方が法律上当然に認められるわけではありません。(参考記事:雇用契約について)

常勤の求人を探している先生へ:管理人が常勤転職で実際に利用した求人会社をこちらで紹介しています。

有給休暇を使わないことは、大きな経済的損失でもある

分かりやすい例が、年次有給休暇です。医療機関では人手不足や診療体制の問題から、有給休暇を自由に取得しにくいという先生も多いと思います。実際、私自身、付与された有給休暇をすべて使い切っている医師を、これまでほとんど見たことがありません。そもそも有給休暇をほとんど使ったことがないという先生もいるかもしれません。しかし、有給休暇は法律で認められた労働者の権利です。使用者には、事業の正常な運営を妨げる場合に取得時季を変更できる権利がありますが、単に医師が不足しているから、あるいはこれまで誰も有給休暇を取得してこなかったからという理由で、無条件に取得を拒否できるものではありません。また、年10日以上の有給休暇が付与される労働者については、使用者側に年5日を取得させる義務もあります。

そして、この有給休暇を金銭的な価値に換算してみると、意外なほど大きな金額になることが分かります。例えば、年収1,500万円の常勤医師が、年間250日勤務すると仮定してみましょう。単純に年収を勤務日数で割ると、1日当たりの給与相当額は6万円となります。つまり、有給休暇10日分であれば60万円、20日分であれば120万円に相当する計算です。年収が2,000万円の先生であれば、同じ条件で20日分の有給休暇は160万円相当になります。もちろん、これは有給休暇の価値を分かりやすくするための単純計算であり、有給休暇を使わなければその金額を現金で受け取れるという意味ではありません。しかし、本来であれば給与を受け取りながら休める日を、休まずに働いているという点では、それだけの価値を持つ権利を十分に活用できていないとも考えられます。(参考記事:有給休暇の価値はいかほどが?、有給休暇は非常勤でも取れる!)

もっとも、有給休暇をすべて使い切ることは、実際の医療現場では難しい面もあると思います。診療体制や他の医師との兼ね合いもありますし、先生自身があえて取得しないという場合もあるでしょう。大切なのは、すべて使い切れるかどうかということ以上に、必要なときに有給休暇を取得できるかどうかです。私自身、希望する時期に比較的自由に有給休暇を取得できる職場で働いた経験もありますので、医療機関だから有給休暇を自由に取得できないというわけではありません。

一方で、極端な例では、本人が実際には休んでいないにもかかわらず、事務職員が勝手に有給休暇を取得したことにして処理しているという話もあります。法律上、使用者による年5日の時季指定や、労使協定に基づく計画的付与といった制度はありますが、そうした制度による正当な取得ではなく、実際には勤務していた日を有給休暇として処理し、残日数を減らしてしまうのであれば、明らかに問題があります。このような不適切な労務管理が行われている医療機関は、できるだけ避けた方がよいと思います。特に退職時には、残っている有給休暇を消化できるかどうかによって、その後の生活にも大きな違いが生じます。転職を考える際には、有給休暇の取得状況や職場の雰囲気についても、確認しておきたいところです。(参考記事:有給など 雇用条件がまもられるか?)

常勤医師は簡単には解雇されない

もう一つ、常勤医師にとって重要なのが、雇用の安定性です。期間の定めのない雇用契約で働いている場合、使用者が自由に労働者を解雇できるわけではありません。労働契約法では、客観的に合理的な理由がなく、社会通念上相当と認められない解雇は無効とされています。例えば、勤務態度に多少の問題があるとか、職場の上司と意見が合わないといった理由だけで、直ちに解雇が認められるものではなく、一般的に解雇が認められるまでのハードルはかなり高く設定されています。正当な業務命令に従わない場合や、重大な問題行動が繰り返される場合、勤務先の経営状況に大きな変化があった場合などは別で、必ず定年まで雇用が保障されるという意味ではありません。それでも、使用者の一方的な判断で簡単に職を失うことがないというのは、非常に大きな保障です。

もっとも、医師の場合は他の職種に比べて転職先を見つけやすい面があるため、この雇用の安定性をそれほど重要視していない先生もいるかもしれません。転職しようと思えば、また別の医療機関で働くことができるという安心感があるからです。しかし、家族の生活や住宅ローン、子どもの教育などを考えれば、安定した雇用が保障されていることには、やはり大きな意味があると思います。(参考記事:常勤医はよっぽどのことがないと、解雇されない。、雇われる立場としての常勤 メリット編)

医療機関が常勤医師を解雇することは、想像以上に難しい

ここで少し視点を変えて、雇用する側である医療機関の立場から考えてみたいと思います。例えば、あまり積極的に働かない職員や、遅刻が多い職員、業務を依頼してもなかなか対応してくれない職員がいたとします。あるいは、他の職員との人間関係に問題を起こし、職場全体の雰囲気を悪くしてしまうような場合もあるかもしれません。こうした職員がいると、周囲の職員の士気が下がってしまったり、それを見て嫌になった優秀な職員が退職してしまったりする可能性もあります。経営する側としては、当然ながら職場全体を円滑に運営したいと考えますが、問題があるからといって、簡単にその職員を解雇できるわけではありません。

実際、私自身も、勤務態度や他の職員との関係などに問題がある医師について、医療機関側が退職してもらいたいと考えていながら、なかなか解雇できずに苦労している現場を見たことがあります。一度常勤医師として採用してしまうと、たとえ職場にとって望ましくない状況が生じていても、そのことだけを理由に直ちに解雇できるわけではありません。医療機関側としても、指導を重ねたり、配置や業務内容を調整したりと、さまざまな対応を検討する必要があります。私が見聞きした中でも、解雇という形を取るのではなく、本人と話し合いながら自主的な退職を促す、いわゆる退職勧奨という形で対応しようとしていたケースがありました。もっとも、退職勧奨はあくまで本人の自由意思によって退職を決めてもらうものであり、強引に退職を迫ることまで認められているわけではありません。

また、有期雇用契約で勤務している医師について、契約期間の満了に合わせて更新を見送るという場面も見たことがあります。非常勤医師であれば、これまで継続して勤務していたにもかかわらず、次回の契約は更新しないと告げられるような場合です。定年や定年後の再雇用契約の節目で、雇用の継続について判断が行われる場面もありました。ただし、有期雇用契約だからといって自由に雇止めができるわけではなく、反復更新の状況や本人の更新への期待などによっては、法律上の制限を受けます。定年後の再雇用についても、65歳までの雇用確保措置が原則として義務付けられており、年齢や契約内容によって取扱いが異なります。

私が見聞きした範囲での感想になりますが、退職勧奨や契約更新の見送りを検討されていた先生方には、勤務態度や周囲との関係などに、客観的に見ても何らかの問題があったと感じる場合が少なくありませんでした。医療機関側の対応がすべて法律上正当だったかどうかは、個別の事情を確認しなければ判断できません。ただ、医療機関も医師の確保に苦労していることが多く、普通に診療を行い、周囲との関係にも大きな問題がない先生に対して、積極的に退職してもらいたいと考えることは、それほど多くないと思います。

解雇を検討する場合には、問題行動の内容や程度、業務への影響、これまでの指導状況、改善の可能性など、さまざまな事情を考慮しなければなりません。必要に応じて繰り返し指導を行い、その経過を文書で残し、客観的な事実を確認しておくことも重要になります。それでも解雇の有効性が争われた場合には、最終的に裁判所で判断されることもあります。つまり、医療機関にとっては、常勤医師を一人採用するということ自体が、相応の責任を伴うものなのです。これは経営する側にとっては悩ましいことですが、裏を返せば、勤務医として働く先生方がそれだけ強く保護されているということでもあります。(参考記事:雇う立場としての常勤、経営者の立場からみた医師転職、医師の雇い止めについて)

病気や育児、介護の際にもさまざまな保障がある

常勤医師として働くことの利点は、雇用の安定性だけではありません。医師も当然ながら病気になることがありますし、突然入院や手術が必要になるかもしれません。また、ご自身ではなく、家庭の事情によって育児や介護のために仕事を休まなければならないこともあります。このような場合にも、雇用されて働く医師には、さまざまな制度が用意されています。

例えば、業務外の病気やけがによって働けなくなり、給与が支払われなくなった場合には、加入している健康保険の制度によって、一定の要件を満たせば傷病手当金が支給されます。支給額は原則として標準報酬月額などを基に算定される額の3分の2相当で、支給開始日から通算して1年6か月が支給期間となります。ただし、これは協会けんぽや健康保険組合の場合であり、医師国保などの国民健康保険組合に加入している場合は、傷病手当金の制度がなかったり、支給額が定額であったりと内容が異なるため、加入している保険の内容を確認しておく必要があります。また、育児休業や介護休業についても法律に基づく制度があり、雇用保険の加入状況など一定の条件を満たすことで、育児休業給付金や介護休業給付金を受け取れる場合があります。

すべての休暇が有給になるわけではなく、病気による休職制度の内容も勤務先の就業規則によって異なります。また、こうした保障の多くは、一定の要件を満たした非常勤医師にも適用されます。それでも、常勤医師は社会保険や雇用保険の加入要件を満たしやすく、各種制度による保障を受けやすい働き方であることは確かでしょう。普段、健康に働いているときには意識する機会が少ないものですが、実際に病気になったり、家庭の事情で働けなくなったりしたときには、非常に重要な意味を持つものです。(参考記事:常勤医師の目に見えないメリット)

非常勤医師にも無期転換ルールという権利がある

一方、非常勤医師については、常勤医師ほど雇用が安定していない場合もあります。特に、半年や1年ごとに契約を更新する有期雇用の非常勤医師であれば、契約が更新されないという不安を抱えることもあるでしょう。しかし、こうした有期雇用の労働者にも、一定の条件を満たせば「無期転換ルール」という制度が適用されます。同じ使用者との有期労働契約が更新され、通算契約期間が5年を超えた場合、原則として労働者から申し込むことによって、期間の定めのない労働契約に転換できるというものです。要件を満たして無期転換を申し込んだ場合、使用者側はその申込みを拒否することができません。無期転換後の給与や仕事内容などについても、就業規則や労働契約などに別段の定めがなければ、原則として従前の労働条件が引き継がれます。ただし、無期転換によって必ずしも正職員と同じ待遇になるわけではなく、大学等の研究者や教員など、一部には5年ではなく10年となる特例もあります。

私は、この無期転換ルールの存在を知っている医師は、実際にはほとんどいないと思っています。少なくとも、医師の職場でこうした制度が話題になることは、まずありません。私自身も、非常勤医師として働く中で、この制度について話をするような機会はほとんどありませんでした。しかし、長く同じ医療機関で働いている非常勤医師には、このような権利が発生する可能性があるということです。実際に使う機会があるかどうかは別として、知っておいて損のない制度だと思います。

この制度には課題もあります。医療業界以外では、無期転換の対象になる前に雇止めを行うという問題が指摘されてきました。無期転換を避ける目的での雇止めは制度の趣旨に反するものであり、状況によっては法的に無効となることもありますが、実際に雇止めが行われてしまえば、労働者にとって大きな負担となります。一方、5年以上も非常勤医師として雇用を継続しているのであれば、医療機関側もその先生の働き方を一定程度評価していると考えるのが自然でしょう。経営体制の変更などがない限り、長く働いている非常勤医師に突然辞めてもらいたいと考えることは、それほど多くないように思います。制度としてこうした権利が存在することは、非常勤医師にとっても一つの安心材料になるのではないでしょうか。(参考記事:5年以上で期間の定めのない契約に移行できる、非常勤医師は極論すると「日雇い労働者」、雇う立場としての非常勤)

退職を認めてもらえないという問題

医師の転職では、退職を申し出てもなかなか認めてもらえないという話を聞くことがあります。特に常勤医師の場合、先生が一人抜けるだけで診療体制に大きな影響が出ることもあるため、病院側から強く引き留められることもあるでしょう。しかし、労働者には原則として退職する自由があります。期間の定めのない雇用契約であれば、民法第627条により、退職の意思表示から原則として2週間が経過すると雇用契約は終了します。就業規則では3か月前などの申し出を求めている医療機関も多く、契約期間の定めがある場合などは個別の確認が必要ですが、就業規則の定めがあるからといって、使用者がいつまでも退職を認めないことが許されるわけではありません。

一方で、法律上の退職の権利と、医療機関に対する配慮は別の話だと思います。例えば、常勤医師が退職する場合、2週間はもちろん、3か月あったとしても、病院側が新たな常勤医師を確保することは簡単ではありません。特に診療科によっては、後任の医師がなかなか見つからないこともあるでしょう。そのため、例えば来年には家庭の事情で引っ越すことが決まっているとか、実家に戻る予定があるといった場合には、できるだけ早い段階で勤務先に伝えた方がよいと思います。円満に退職するためにも、医療機関に十分な準備期間を設けることは大切ですし、これまでお世話になった勤務先に対する配慮でもあります。

ただ、それでも「先生が辞めたら病院が回らないから退職は認めない」と言われた場合には、話が変わってきます。医療機関の人員確保は基本的に経営側の責任であり、特定の医師に無期限に勤務を続けることを強制できるものではありません。労働者としての権利を理解しておけば、このような状況でも必要以上に追い詰められずに済むはずです。(参考記事:退職できない!?、上手な退職方法、退職は跡を濁さず。。。)

雇われ院長という働き方には注意が必要

ここまで労働者としての権利についてお話ししてきましたが、医師の転職において、特に注意しておきたい働き方があります。それが、いわゆる「雇われ院長」や「管理医師」と呼ばれる求人です。例えば、複数の分院を持つ医療機関が、それぞれのクリニックに院長を配置するような形態です。美容医療や自由診療、コンタクトレンズ関連の診療所など、全国展開する医療機関でも、こうした求人を見かけることがあります。こうした求人では、実際の経営や資金管理は本部が行い、院長となる医師には大きな経営裁量が与えられていない場合もあります。先生自身は、これまでの勤務医と同じように、決められた診療を行って毎月一定の報酬を受け取るという認識で働いているかもしれません。しかし、契約内容によっては、一般的な勤務医とは異なる責任や立場になる場合があります。

特に注意したいのは、雇われ院長という名称で募集されていても、一般的な勤務医のような労働者としては扱われていない案件があることです。個人開設のクリニックでは、先生自身が開設者となり、経営者としての立場を引き受ける形になっていることがあります。表面的には、決められた診療を行い、本部から毎月一定の報酬を受け取るという、通常の勤務医とそれほど変わらない働き方に見えるかもしれません。しかし、契約上は雇用される労働者ではなく、開設者や事業主として扱われ、有給休暇や雇用保険なども一般の勤務医と同じようには用意されていないことがあります。

法律上は、医療法の管理者であることと、労働基準法上の労働者に該当するかどうかは別の問題です。医療法人が開設者となり、その法人に雇用されて院長を務めるのであれば、労働者としての権利が認められる場合もありますし、管理職という肩書があるだけで、有給休暇の権利が失われるわけでもありません。ただ、実際の求人や契約では、そのような法律上の区別を先生自身が十分に理解しないまま、一般的な労働者として扱われない前提で働き始めてしまうことがあると思います。実務上の取扱いが必ずしも法律上正しいとは限りませんが、少なくとも入職後に権利をめぐって争わなければならないような状況は避けたいところです。

さらに注意が必要なのは、先生自身が個人として医療機関の開設者になる場合です。実際の運営は本部に任せているつもりでも、法的には自分が開設者となっているのであれば、一般的な勤務医とは異なる責任を負うことになります。リース契約や借入金などの問題が先生自身に関わってくる可能性もありますし、経営上の裁量がほとんどないにもかかわらず、責任だけは負わされるような契約であれば、非常に注意が必要です。本来、医療機関の開設者は実質的にも開設・経営の責任主体であることが求められるため、名義だけを引き受けて実際の経営は別の事業者が行うような形態には、医療法上の問題が生じる可能性もあります。(参考記事:自由診療での院長(管理医師)案件の注意点)

管理医師は退職時にも問題が生じることがある

雇われ院長や管理医師の求人について、もう一つ気になるのが退職時の問題です。通常の勤務医であれば、前述したように労働者として退職する権利が認められています。しかし、先生自身が開設者となっている場合などには、単純に雇用契約を終了すれば済むとは限りません。例えば、その先生が退職すると、クリニックの管理者が不在になり、診療を継続できなくなるという問題が生じます。医療機関側が後任の管理医師を確保することが基本ですが、契約の内容によっては退任の手続きが複雑になったり、違約金や損害賠償をめぐる紛争が生じたりする可能性もあります。通常の労働契約では、退職などの契約不履行についてあらかじめ違約金を定めることは労働基準法で禁止されていますが、事業者として締結する契約では別の検討が必要になります。

医師は医学の専門家ではありますが、必ずしも労働法や医療機関の開設・経営に関する法律に詳しいわけではありません。そのため、提示された年収などの条件が魅力的であれば、契約上の細かな問題を十分に理解しないまま入職してしまうこともあると思います。もちろん、雇われ院長という働き方がすべて悪いわけではありません。きちんとした運営体制のもとで院長を雇用している医療機関もありますし、働き方として魅力のある案件も存在します。ただ、通常の勤務医とは異なる責任を負う可能性があることについては、十分に理解しておくべきだと思います。特に、先生個人が開設者になるような案件や、実際の経営権限がないにもかかわらず経営上の責任を負うような契約については、慎重に判断した方がよいでしょう。少しでも不自然な点があるのであれば、無理にその案件を選ばず、別の勤務先を検討することも大切だと思います。(参考記事:医療脱毛クリニック経営破綻の衝撃)

労働者としての権利が守られていない場合は、労働基準監督署に相談できる

ここまで、勤務医に認められているさまざまな権利についてご紹介してきました。しかし、実際の医療現場では、有給休暇を取得できない、残業代が支払われない、退職を認めてもらえない、不当な待遇を受けているといった問題が起こることがあります。そのような場合に、相談先の一つとなるのが労働基準監督署です。労働基準監督署は、厚生労働省の地方支分部局である都道府県労働局の下に設置されている行政機関です。また、より広い労働問題については、都道府県労働局や労働基準監督署内などに設置されている「総合労働相談コーナー」が相談先になります。どちらも無料で相談することができ、扱う内容はおおむね次のように分かれています。

  • 労働基準監督署:賃金や残業代、労働時間、有給休暇、労働安全衛生など、労働基準法などに関わる労働条件
  • 総合労働相談コーナー:退職をめぐるトラブルや雇止め、無期転換ルール、職場でのハラスメントなど、より広い労働問題

相談したからといって、直ちに医療機関に調査が入るわけでも、すべての問題を解決してもらえるわけでもありません。しかし、少なくとも先生が置かれている状況が法律上どのように扱われるのか、どのような解決方法が考えられるのかについて、助言を受けることはできます。特に、明らかな労働基準法違反が疑われる場合には、行政機関に申告することも一つの方法です。労働基準法第104条では、労働者が法令違反の事実を行政機関に申告することを認めており、その申告を理由として解雇その他の不利益な取扱いをすることも禁止されています。こうした制度があることを知っておくだけでも、不当な扱いを受けたときの一つの安心材料になると思います。

実際、有給休暇の消化を認めてもらえなかった医師が、労働基準監督署への相談をきっかけに、勤務先の対応が変わったという話を聞くこともあります。すべての医療機関が同じように対応するとは限らず、解決までに時間がかかることもありますが、法律で認められている権利について、勤務先から一方的に認められないと言われた場合に、それをそのまま受け入れる必要はないということです。例えば退職時の有給休暇の消化についても、勤務先が認めないからといって、直ちに取得を諦める必要はありません。就業規則や労働契約の内容を確認し、必要に応じて公的な相談窓口を利用するという選択肢があります。

医療機関にとって、行政による調査は避けたいもの

少し余談になりますが、医療機関というのは、労働基準監督署などの行政機関から調査を受けることを、かなり嫌がるものだと思います。というのも、医療機関は一般的な企業とは少し事情が異なり、診療報酬や保険診療のルールなど、厚生労働省の所管するさまざまな制度のもとで運営されているからです。特に保険診療を行っている病院やクリニックでは、保険医療機関としての指定や診療報酬の請求など、日常の経営そのものが公的な制度と密接に関わっています。

労働基準監督署による労働関係法令の監督と、地方厚生局などによる保険診療や診療報酬に関する指導・監査は、それぞれ別の制度です。労働基準監督署に申告されたからといって、それを理由に診療報酬上の不利益を受けるというものではありません。ただ、医療機関の立場からすれば、行政機関による調査や是正指導は、それ自体が大きな負担になり得ます。診療を継続しながら関係書類を準備し、指摘された問題に対応しなければならないわけですから、できる限り避けたいと考えるのは自然なことでしょう。

そう考えると、労働基準監督署への申告という選択肢があることは、勤務医にとって決して小さな意味を持つものではありません。医療機関に圧力をかけること自体が目的ではなく、実際に問題が生じた場合には、まず事実関係や契約内容を確認することが大切です。ただ、雇用する側が一方的に労働条件を決められるわけではなく、法律を守らなければ行政上の対応を求められる可能性があるという点は、働く側として理解しておいてよいことだと思います。

権利を知ることも大切だが、権利を使える職場で働くことがもっと大切

ここまで、勤務医に認められている労働者としての権利について、さまざまな角度からご紹介してきました。医師は、患者さんの診療については専門的な知識を持っていますが、労働法や雇用契約について詳しい先生はそれほど多くないかもしれません。私自身も、医師として働き始めた頃からこうした法律を詳しく理解していたわけではありません。しかし、労働者として認められている権利について知っておくことは、何か問題が起きたときに、自分自身を守るための重要な材料になります。

もちろん、できればこうした知識を使って勤務先と争うような事態にはならない方がよいと思います。医療業界は人間関係も重要ですし、退職の際にも、できるだけ円満な形で職場を離れた方がよいと私自身は考えています。ただ、法律上の権利があることを知らなければ、本来であれば認められるはずの有給休暇を諦めてしまったり、退職を認めてもらえないまま勤務を続けてしまったりする可能性があります。そのようなときに、労働基準監督署などの公的な相談窓口が存在することを知っているだけでも、一つの安心材料になるのではないでしょうか。

一方で、長い目で考えるのであれば、そもそも労働者としての権利を主張しなければならないような職場から、そうした権利を当たり前に行使できる職場へ移ることも、一つの選択肢だと思います。例えば有給休暇についても、法律上の権利があるからといって、毎回上司と交渉したり、労働基準監督署への相談を考えたりしなければ取得できないようでは、安心して働くことは難しいでしょう。すべての有給休暇を使い切れるかどうかは別として、少なくとも自分が休みたいときに、周囲と調整しながら無理なく休めるような職場は実際に存在します。私自身も、そのような環境で勤務した経験があります。

医師の転職では、どうしても年収や勤務日数、当直回数などの条件に目が向きがちです。しかし、有給休暇が実際に取得できるかどうか、職員の権利が尊重されているかどうか、退職時に不当な引き留めが行われないかといった点も、長く働くうえでは非常に重要です。特に、有給休暇をまったく取得させない、あるいは実際には休んでいないのに取得したことにして処理するような医療機関であれば、労務管理そのものに大きな問題があると考えられます。そのような職場で無理をして働き続けるよりも、働く環境を変えることを考えた方がよい場合もあるでしょう。

勤務医も労働者であり、法律によって守られる権利を持っています。それを知っておくことは大切ですが、理想を言えば、その権利を強く主張しなくても、自然に認められる環境で働けることが一番だと思います。転職を検討されている先生には、給与などの目に見える条件だけでなく、こうした労働環境や職場の文化についても、ぜひ考えていただきたいと思います。(参考記事:有給が取れない職場は危険、入職前に実際に現場の医師に話をきく)

転職を考えはじめた先生へ 管理人が実際に使った求人会社2社と、その使い分けをまとめています。
求人会社紹介を見る
この記事を書いた人:管理人 転職経験のある現役医師。複数の医師求人会社と面談し、いくつもの医療機関の採用面接を受けて転職しました。自分が転職するときに知りたかった情報を、失敗談も含めて書いています。 プロフィールを見る →